第八話 借金がまねいた離婚と、大手の会社で学んだ事

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私が転職して半年ほどたったころ、

父から、中古住宅を買って同居したい、と持ち掛けられました。

 

2000年ころに、父は50代半ばで、

駅前に中古戸建を購入し、

ライブハウスに改装・開業していました。

 

父は、店の近くに住みたいと言っていました。

 

当時は1階を店舗にし、

2階を自宅スペースとしていましたが、

駅前ということもあり、落ち着けなかったそうです。

 

私は父に親孝行したい、という思いから、

夫を説得し、

中古住宅購入と同居に向けて頭金の貯金をはじめました。

 

その時の貯金がまぁすごくって、

一か月10万円以上貯金していました。

 

平日は一日1~2食は実家にあるものを食べ、

休みの日は読書と睡眠。

 

外出しない。

 

仕事漬けの日々は、恐ろしく出費しないんです。

 

そのため、家賃、水道光熱費などを払っても、

10万以上貯金できました。

 

と言っても、マンガや洋服などの購入は我慢しましたが。

 

このころ、

まあまあコンスタンスに売上を上げる生意気な女子営業社員は、

中堅営業マンと、

ベテラン営業部長から嫌われていました。

 

二人とも不動産会社を何社も渡り歩いた『不動産営業浪人』で、

手を抜く仕事のやり方が染みついていました。

 

 

私は、

勤務中にPCで麻雀をしたり、

陰口ばかり言う上司や先輩と、

仲良くなりたくありませんでした。

 

そして、上司の指示に逆らっていました。

(意味ないからテレアポはすんな、

クロージング(契約前交渉)の時は連れてけ、とか。

ダメな年寄りは、誰も言うこと一緒っす)。

 

 

お酒大好き、大酒のみの私ですが、

在職中は、なにがあってもビール一口以上は飲みませんでした。

 

心を開きたくなかったし、

心を開いていると思われたくなかったからです。

 

う~ん、私も困ったちゃんですね()

 

あるとき、

契約交渉に出かけると、

買付証(不動産を買う申込書みたいなもの)が、無くなっていました。

 

お客さんからは『うっかりだなぁ』と笑われましたが、

常に何部もコピーしておいていたのに、なぜ・・

もしや上司たちが!?

という疑念が渦巻きました。

 

 

そこからは、はやく辞めたい・・・と

切に思うようになりました。

 

 

そもそもですが、

事務所喫煙が許されていて、空気が悪くて辛かったんです。

(もともとは喫煙者だったのに、わがままですが・・・。

20歳で禁煙して、タバコ嫌いになりました。)

 

会社が嫌いだった私ですが

ローンが通るまでは・・・!と、

毎日我慢しながら通勤していました。

 

 

そして転職して1年が経とうとしていた22歳の時、

離婚するきっかけとなる事件が起こりました。

 

 

不動産購入時の頭金は、

物件価格の5~10%と言われています。

 

当時、残りの95%~90%は、銀行ローンで借り入れられました。

 

つまり、

2000万円の中古住宅を買うなら、

200万貯めれば十分ということです。

 

父と折半で、私たち夫婦の目標額は100万でした。

 

ついにその金額が貯まったため、

中古住宅の購入を申し込みました。

 

夫と私、二人の名義で申し込みました。

 

ところが、ローン審査が通りません。

 

二人とも勤続一年近い、正社員。

若いし、頭金もある。

 

公共料金もなんにも滞納や遅延もしてない。

借り入れも、ましてや消費者金融なんて使ったことが無い。

 

(ローンが通らないときは、だいたい上記のどれかが理由です。)

 

おかしい・・・と思うものの、

理由がわからず、

頭を悩ませていました。

 

そんな時、

義母に渡したいものがあり、

夫の実家を訪ねました。

 

私の休みは平日ですから、

夫は会社に行っていて不在です。

 

何気なく夫の部屋をのぞくと、

机の上に怪しい封筒が・・・

 

『お義母さん、これなんですか?』

 

知らないわとこたえる義母は、

眉をひそめ、不安そうな表情です。

 

義母立会いのもと、

封筒を開けると、

それは消費者金融からの借り入れ明細でした。

 

72万円。

 

その時全てが腑に落ちました。

 

これか。

 

消費者金融の借り入れがあって、

そのうえそれを隠してローン審査に申し込んでも、

通るわけがありません

 

あのですね

住宅や車のローンを申し込んだら、

消費者金融の借り入れは絶対ばれてしまうんで

気を付けてください。

 

金融機関は、顧客情報を共有し合ってますから。

 

顔面蒼白のお義母さんに、

私から話していいですか?

と断って、夫に話すことにしました

 

どんなに遅くなってもいいから、

仕事が終わったら連絡して、

そう伝えたえたところ、23時過ぎに夫から電話が来ました。

 

20分後に、

私のアパートの近くにあるガストというファミレスで

待ち合わせました。

 

会って早々、

消費者金融の明細を見せると、

夫は一瞬顔をこわばらせました。

 

なんに使ったの?

・・・スロット。

 

毎日、こんな遅くまで仕事じゃない、

いつ行ってたの?

・・・土日。

 

なんで借りてまで・・・

・・・他にやることなかったんだよ、しょうがねぇじゃん。

 

——————————————

あぁ・・・そうだった

成人式の日、

彼は約束していた友だちが来なくって、一人で私を待ってた。

遠い地での、

2年の専門学校生活は、

彼を地元の友だちと引き離していた。

そして私も、

自分のことに精いっぱいで、

彼のことを思う時間が足りず、

彼を一人にさせてしまった・・・

——————————————

 

でも、そのときは、

そこまで思いやれませんでした。

 

一緒に協力して、家買うって言ったじゃない!

という怒りが先に立ちました

 

でも、彼は言いました。

 

俺は、

最初から家なんて買いたくなかったんだよ。

なんで俺が

お前の父ちゃんのために

借金背負わなきゃなんねーんだよ!

 

か、ローンが通らないようにわざと借金したの?

嫌なら嫌って言えばいいのに・・・

もう信頼できないよ。

 

・・・離婚しよう。

 

この後は二人とも無言で、静かにガストを出ました。

 

そして数日後、

二人で区役所に行き、離婚届けを出しました。

 

父のための中古住宅購入は、無かったことになりました。

 

そして間もなく私は会社を辞めました。

 

ちなみにそれから半年後、

元夫には悪いことをしたなぁ~と反省しました。

 

そして、電話して、謝りました。

 

父には孝行しなければ、

という思い込みから、

元夫に協力を強いてしまいました。

 

でも、6年以上を共に過ごした元夫は、

誰より私のことを理解し、

応援してくれていました。

 

大切にすべき大事な存在をないがしろにして、

孤独にして、

私は良くなかった・・・

 

元夫にそう伝えると、

彼も謝ってくれて、円満に仲直りしました。

 

私に、

助け合う気持ちや、

相手の思いをくみ取る姿勢が少しでもあったら、

違う未来だったろうなぁと思います。

 

また、

幸せな家庭を望むあまり、

結婚を急ぎすぎてしまったと、いま書いていて気づきました。

 

2004年ごろにが脳出血して入院するんですが、

 

その後半年ほど、

私が、店の経営を代理ていた時期は、

飲みに来てもらったり、

泥酔したときの戸締りしてもらったり()

 

いっぱい助けてもらいました。

 

とはいえお互いに恋愛感情は無く、

兄弟のような感覚でした。

 

だから、復縁することはなく、

彼の恋人が妊娠したことをきっかけに、

連絡を取るのはやめよう、と合意しました。

 

私が、幸せになることをいつも祈っている、大事な人の一人です。

 

大宮の不動産会社を退職後、

一か月、のんびり無職を満喫しました。

 

そして通信高校の卒業を目前に控えた3月、

誰でも知ってる大手の不動産会社、三井リハウス就職します。

 

駒込支店に配属され、

はじめて埼玉県外に通勤しました。

 

さすが大手、初任給は30万円で、

半年は売上ゼロでも保障してもらえます。

 

また、入社一か月はみっちりと新人研修があり、

二人の同期とともに、

一か月間、東陽町に通いました。

 

やっと研修が終わり、

支店に配属されると、

いままでのどの不動産会社とも違って、

温和な雰囲気で、明るい先輩たち。

 

新卒で入社した先輩もたくさんいました。

 

新人でも、営業させてもらえます。

 

勤務中に、パソコン麻雀している人もいません。

 

意地悪してくる人も、

目の前で非難する人もいません。

 

わけのわからない慣習もありません。

 

ましてや、運転手扱いされたり、

チラシ配りのバイト扱いされたりすることも無いんです。

 

 

天国だ。

大きい会社って、なんて素晴らしいんだ!!

 

 

感動しました。

 

すばらしく居心地のいい会社でした。

 

大きい会社に勤めたいと思う人が多いのも、うなずけます。

 

 

小さい会社や

大きい会社を経験し、

 

経験だけのベテラン社員、

データに基づく理詰め社員、

誠実な好感度社員、

 

など、

いろんな営業スタイルがあることを知りました。

 

私は、

一人前の営業マンとして、

数千万の商品を契約するうちに、

少しづつ、社会が見えてきた気がしました。

 

 

私が思っていたより、

スーツ姿のサラリーマンは無能な人が多かった。

 

 

そして半年後、

不動産営業のプロフェッショナル、とはいかないまでも、

・セールスに抵抗のないマインド

・人を不快にさせない礼節

・セールスのための知識・方法

という営業スキルを手にした、と実感しました。

 

起業に向けて動きたい!

 

そう思った私は、

わずか半年の勤務でしたが、退職を決めました。

 

そして、ビジネスアイデアを模索したり、

起業のための本を読んだり、

セミナーに参加し、

異業種交流会に参加するようになりました。

 

2004年ごろ、24歳のころでした。

 

そんな折、

ジャズのライブハウスを経営していた父が、

脳出血で緊急入院しました。

 

父はライブハウスで、

接客しつつも毎日ピアノを演奏します。

 

そのため、特に指先の動きに敏感な父は、

体の異常にすぐ気づきました。

 

父から呼ばれ、父と救急外来へ向かいました。

 

左手がしびれる。

舌がもつれて、ろれつが回らない気がする。

頭がぼーっとする。

 

医師にそう伝えると、

父はすぐにCTスキャンの検査室に入れられました。

 

私はひとり、10分ほど待ったでしょうか。

 

診察室に呼ばれて入ると、

父はベッドに横たわり、病人そのものに見えました。

 

医師から、

父の頭の中の血管が破れて、血がたまっている場所がある、

と告げられました。

 

たまった血は7センチ×2センチほど、

けっこうな出血量です。

 

すぐ死に結びつくような状態ではないとのことでしたが、

そのまま入院することになりました。

 

翌日にパジャマや洗面用具、

その他日用品を持ってくるよう言われ、

病院を後にしました。

 

 

私は父の様子や入院という事実に動揺しつつも、

原因がわかり、

ほっとしていました。

 

 

翌日、

タオルやら歯ブラシやらを抱えて、

父のもとに行きました。

 

そして病院から、

改めて、父の体のこと、入院について、

説明されました。

 

医師からの説明通り、

重篤な状態では無いこと。

 

でも、2週間は入院し、

様子を見る必要があること。

 

手術はせず、

治療は薬のみで行うこと。

退院後も、

一か月は安静にすること。

 

 

軽度な脳出血だったのは良かったんですが、

ここで困ったのが、

ライブハウスの営業でした。

 

入院の間だけ休むと言っていた父も、

一か月休むわけにはいきません。

 

そこで、

たまたま起業準備中だった私が、

ライブハウスを代理で経営することになりました。

 

父が作ったお店は、

私にとっても思い入れのある、好きな場所でした。

 

私は、お店の売り上げを上げると決めました。

 

第九話に続く

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

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恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

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