第11話 100万円の融資と車のプレゼント、起業当時の苦労

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無事に融資がおりたので、

まずは借りていた100万円を返そうと、

経営者の彼に会いに行きました。

 

彼に融資のことを報告し、

感謝の気持ちを伝えて、

100万円を差し出しました。

 

そうすると彼は、

 

『これから何があるか分からないよ。

そのお金は、とりあえずハナの口座に入れておきな。』

 

そう言って、受け取りません。

 

でもでも・・・

 

あまりの大金ですから、

なかなかうなずかない私に、彼は、

 

『じゃあ、半年か一年経ったら返してもらうから。

心配だから、

それまでは持ってて。』

と言ってくれました。

 

そんなに言ってくれるなら・・・と、

私はうなずきました。

 

話しが終わると、

『見せたいものがあるから。』

という彼に連れられ、外に出ました。

 

彼の指さす先にあったのは、

1台の黒い軽自動車でした。

 

高級そうではないけれど、

ころっとしたかたちの、

小さく可愛い車でした。

 

『どう?』

 

そう聞く彼に、

可愛いね!

買ったの?

と私が言うと、彼はこたえました。

 

『そう、ハナにと思って買ったの。

そうじの仕事するなら、車使うでしょ。

中古だけど、良かったら。』

 

え?

え?

車を?

私に?

 

きっと、本当に、

目が点になっていたと思います。

 

車をプレゼントされるなんて、

夢にも思っていません。

 

すぐには、彼の言葉が理解できませんでした。

 

少しの間をおいて、

やっと状況を飲み込んだ私は

困惑しました。

 

いやいや、ありがたいけど、

こんな高額なもの、

受け取れないよ~。

 

そう言う私に、彼は

『知り合いの車屋に頼んだから、高くないよ。

15万ぐらいだった。

今から返せないし、嫌じゃなければもらって。』

と言いました。

 

むしろもらってくれないと困る、

とまで言う彼に押されて、

またまた甘えることになりました。

 

彼の言う通り、

車は必要だろうと思っていました。

 

でも、

お金を貸してくれただけでなく、

車までプレゼントしてくれた彼に、

感謝の気持ちだけでなく

申し訳ない気持ちと、

なんだか自分が情けないような気持ちになりました。

 

保護というか、

奉仕というか、

なにかをしてもらうばかりなのは切ないんだ、

と感じました。

 

もちろん、嬉しくもありました。

 

でもその反面、

助けてもらうばかりの自分が、

ひどくみじめで、

情けなく感じました。

 

ましてや私は、

してもらうことに、慣れていないんです。

 

親にだって、

こんなにしてもらったことはありません。

 

事業で成功して、

お金も時間もたっぷり得ている彼は、

なにかにつけて

私を助けようとしてくれました。

 

でも、私は『助けられるばかりの自分』には、

なりたくありませんでした。

 

助けてもらうときもある、

でも、

私が助けるときもある。

 

そういう関係でいたかったんです。

 

子どもに過保護にしてしまう親は、

多いと思います。

 

一人っ子が増えたからか、

私の周りにもたくさんいます。

 

子どもに良かれと思って、

先回りして障害を取り除いたり、

傷つかないように守ったり、

必要そうなものをすべて与えたり。

 

でも、

そうすることで、子どもから

 

障害を乗り越える勇気、

自分で傷をいやす強さ、

必要なものを得る方法を考えるちから、

そしてそういう経験を

 

奪ってしまいます。

 

 

私の親のように

子どもを虐待したり、

人格や存在を否定するのは論外ですが、

 

私は、過保護な親にもなりたくないと思っていました。

 

でも、

彼にたくさん助けてもらって、

過保護にしてはいけない理由がさらに見つかりました。

 

 

それは、

過保護にされると、

『守ってもらうのが当たり前』になってしまうからです。

 

 

助け合う存在ではなく、

一方的に守ってもらう存在。

 

守ってもらわなければ生きていけない存在は

無力で、

みじめで、

情けない。

 

自分を、そう思ってしまいます。

 

彼が、

私を応援してくれる気持ちは、

嬉しいけれど、

私を切なくさせました。

 

その切なさは、

日が経つごとに増していきました。

 

私をたくさん応援してくれた彼でしたが、

それから間もなく、

私の感じている切なさを伝え、

別れることになりました。

 

恋人ではなくなりましたが、

別れて縁が切れてしまうことはなく、

分からないことを教えてもらったり、

相談に乗ってもらいました。

 

今でも、アドバイスをもらうことがあります。

 

そうこうしつつも、

私の起業計画はスタートしていました。

 

このお金で、広告を作って・・・

飛び込み営業して・・・

 

などと考えているとき、

不動産営業のときの元同僚から、電話がかかってきました。

 

『転職した会社がハウスクリーニング屋を探してるんだけど、紹介してあげるよ

 

不動産会社のいうハウスクリーニング屋と、

家事代行のそうじは、

全っ然違う仕事なんですが、

私は

 

『わぁぁぁぁぜひ!!!』

 

と即答していました()

 

家事代行業をやりたい気持ちはあったものの、

せっかくの機会、とりあえず請けたい!

 

と、翌日、

元同僚の勤める会社に

営業の挨拶に行きました。

 

まったく未経験の業種で、業界の相場もなにも分かりません。

 

立ち上げたばかりなので、

と教えを乞うと、

営業先の担当者さんは快く、なんでも教えてくれました。

 

そして、その日のうちに注文をいただき、

起業して初の取引が決まりました。

 

未経験で知識も経験もないのに、『商品』が、売れた瞬間でした。

 

やった~~~~!

 

と喜んだのもつかの間、

 

『どうやって納品しよう・・・』と、

あわてて方法を模索しました。

 

注文してもらったのは、

空室の賃貸アパートの清掃です。

 

アパートの住人が退去した後、

お部屋をきれいにして、

新たな住人が、住めるような状態にしなければなりません。

 

アルバイトで家事代行の技術を学んでいたものの、

ハウスクリーニング

まったくの未経験です。

 

なんにも分からない。

 

とにかく急いで、ハウスクリーニング会社の求人を探して

翌日からアルバイト開始。

 

もう一つ急いでやったのが、

経験者の助っ人を探すことでした。

 

友だちに必死に聞いて回ったところ、

助けてくれたのが、

起業家養成科時代のクラスメイトです。

 

私より20歳上の彼女は、

子育てがひと段落し、

夫の会社を手伝いたい、と受講していました。

 

聞けば、彼女は、

親せきがハウスクリーニングの会社をやっていて、

長いあいだ手伝っていたそうです。

 

まさか起業家養成科のクラスメイトに、

私の起業を手伝ってもらうとは、

夢にも思いませんでした。

 

でも、

経験のある彼女が快く引き受けてくれたことが嬉しく、

とても心強く感じました

 

そして、1週間後に

ハウスクリーニングで初現場入りしました☆

 

ドタバタではあったものの、

彼女の助けのおかげで

なんとか無事に現場を納めることができました。

 

とはいえ、

最初は週1回か2回しか仕事がなく、

3か月ほどハウスクリーニング会社のアルバイトを続けていました。

その当時のメモ書きを見返すと、

起業にあたっての覚悟が書き留められていました。

 

 

その内容は、

3ヶ月たっても全く売上げがあげられなかったら再就職する。

昼間→完全歩合の営業

夜→居酒屋、コンビニなどのバイトなどをして300万貯めて、

ワーキングホリデーで海外のどこかに住む

そこでイチから勉強しなおす 。』

という、よく分からないものですが()

 

3ヶ月という期限を決めて起業したことは、

良かったと思っています。

 

次第に

ハウスクリーニングの受注も増えてきて、

3ヶ月経つころには

壁紙の張替や、畳の表替え、水回りのメンテナンスなど、

いろいろな仕事を

発注してもらえるようになりました。

 

そうしたら、また不動産会社を紹介されて、

気が付くと、

賃貸住宅専門のリフォーム会社になっていました。

 

 

こうして書くと、トントンと来たようですが、

起業を決めてから、

どうしたら初受注できるのか・・・

と、ずっと思っていました。

 

悩みつつも、売り上げを作るために営業したり動きつつ、

起業したよと言ってしまう(宣言しちゃう)のが良かったようです。

 

紹介されたり、営業したりで顧客は増え、

要望に応じていくうちに出来る仕事も増え、

売上も伸びていきました。

 

この時期、苦労したことが二つありました。

 

一つは資金繰りです。

 

売り上げが伸びるにつれ、

経費も高額になっていきました。

 

でも支払いや請求の条件の確認が甘く、

売上入金と経費支払いのタイミングが

ずれてしまうことがよくありました。

 

入金は一週間後、支払いは明日・・・

 

取引先に待ってもらうことしかできず、

迷惑をかけていることを思うと、胃が痛みました;

 

家計の管理などして、

お金の流れを把握する練習をしておくべきだった、と反省しました。

 

 

もう一つの苦労は、自分を律することです。

 

起業当初はほんとにだらけてしまっていました。

 

仕事が無い日はつい寝ちゃったり、

締切ギリギリまでこと務作業しなかったり、

気分が乗ると深夜まで仕事するのですが、その分、寝坊したり。

 

受注が安定するまではだらけた生活が続きました。

 

営業に行かねば!

請求書をださねば!

など、やるべきことは分かっているのに、自分を律することができず、

自己嫌悪に陥ることもしばしばでした。

 

でも、仕事や顧客とのアポが増えるにつれ、自然と仕事をする時間が増え、

規則正しい生活になっていきました。

 

第12話に続く

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高校中退アホ女子が起業して年収1000万を得たストーリー

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

アホ女子高校を中退したフリーターが、起業して年収 1000 万を得るまでレポート

 

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(左の画像をクリックすると、ストーリーが読めます)

恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

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