第14話 借金発覚と、過去との対峙、そして法人営業へ

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空はあつい雲が立ち込める、

寒い冬の日、

 

会社の事務所にいた私は、

自宅に戻る用ことを思い出しました。

 

でも

カギを忘れて、帰れません。

 

夫に電話したところ、

バッグから出して、

とのこと。

 

夫の言葉に従い、

夫の赤いボディバッグを開けました。

 

すると、

小さい紙の束が出てきました。

 

何の気なしに開いてみると、

 

返済・・・?

15万・・・?

残高・・・?

・・・200万以上?

 

それは紛れもない、消費者金融の借入明細でした。

 

今まで聞いたこともない借金の存在に、

ビックリしました。

 

しかも大金です。

 

毎月の返済額も、かなりの高額。

 

私は

その小さい紙を一枚だけポケットに入れ、

夫の帰りを待ちました。

 

現場から帰ってきた夫と

自宅での夕食を終えてから、

小さい紙について聞いてみました。

 

夫は申し訳なさそうに、

ぽつりぽつりと答えてくれました。

 

もう10年近く前からの借金であること。

 

20代前半の時、

ギャンブルにはまっていたこと。

 

麻雀やパチスロをするうち、

お金が足りなくなり、

借りてしまったこと。

 

無職の時の生活費も借りていたこと。

 

親には秘密にしていたこと。

 

借りて、返して、を繰り返すうち、

利子がどんどん膨らんできてしまったこと。

 

夫の話しを聞き終わって、

私は、夫に同情していました。

 

夫は、

会社の資金繰りについて、

私の相談に応えながら、

夫自身の資金繰りにも悩む日々を過ごしてのでしょう。

 

きっと借金のことを言い出せず、

つらかったことでしょう。

 

私がそういうと、

夫は涙ぐんで、謝ってくれました。

 

とはいえ、

毎月15万以上の返済です。

 

残高は200万円以上、

利率は18.8%です。

 

あんまりにもな数字で、笑ってしまうほどです()

 

会社の業績も厳しい中、

返済していくのは難しいと思われました。

 

話し合った結果、

夫の実家に相談することになりました。

 

善は急げ、

と、その場で電話し

翌日の夜、義実家に伺う約束をしました。

 

翌日、

義実家で夕食をご一緒し、

夫が借金があることを打ち明けました。

 

呆然とした義母は一言、

 

『華ちゃんと結婚してからの借金なんでしょ?』と

 

確認するように言いました。

 

夫はすぐに、

結婚前にギャンブルや生活費に使ったと、

もう一回言いました。

 

私は引っかかる思いがしつつも、

実際、お金を借りたこともあるし、

しょうがないな、

と、その思いをおさえました。

 

夫は

義両親に債務整理について説明し、

 

借金は義両親が全額を立替返済してくれること、

夫は債務整理を依頼することが

決まりました。

 

義両親が立て替えてくれたお金は、

少しづつでも返すと約束をして、

義実家を出ました。

 

長いあいだ

心に秘めていたつっかえが取れて、

夫は心底ほっとしているように見えました。

 

私は義母の発言が、

まだ引っかかっていました。

 

でも全額立替返済を即断してくれて、

申し訳ない気持ちも、

感謝の気持ちもありました。

 

それに、たまにしか会いません。

 

いつしか、この引っかかりを忘れていました。

 

 

会社の業績は、

順調とはいかないまでも、

少しづつ売上が上がるようになっていました。

 

地道な広告や営業活動のおかげで、

お客さんも増えてきました。

 

でも、

なかなか利益が出るところまではいかず、

上向いているものの、

苦しい状態が続いていました。

 

そんなある日、

私の実父から、昼食に誘われました。

休日に、

家族で来てほしいとのことでした。

 

ライブハウスを続け、

ピアノ教室や

ジャズボーカル教室も始めていた父は忙しく、

年末年始程度しか、

会うことはありませんでした。

 

そんな父からの誘いに、

疑問も持たず、

家族で出かけていきました。

 

実家に着くと、

父と、父の彼女が待っていました。

 

そしてなぜか、

両親待っていました。

 

私と夫は目を見合わせました。

 

和やかなはずの昼食会は、

終始、不穏な空気が流れていました。

 

ぎこちない雰囲気のなか、

昼食を済ませると、

親たちが目配せをし始めました。

 

義両親から譲られ、

父が口を開きました。

 

『会社の経営、大変そうじゃない。』

 

『子どももいるんだし、

そろそろ会社は諦めて、二人とも就職しなよ』

 

そうか、

そのための昼食会だったのか。

 

父の言葉を聞いて、ようやく合点がいきました。

 

親たち同士で連絡を取り合い、

会社を畳ませるための機会を

もくろんでいたようです。

 

父の言葉を皮切りに、

親たちは口々に、

 

いかに自営業は不安定か、

いかに就職すると安定するか、

いかに自営業者の子どもがかわいそうか、

いかに私たちの選択が誤っているか、

 

などを畳みかけました。

 

私は、先日の

義母の発言への

引っかかる感じ

と同じような、不快感を覚えていました。

 

でも、

ダマし打ちのような状況に面食らっていて、

はあ、

はあ、

と気の抜けた返事を繰り返しました。

 

心配をおかけし、

ごめんなさい。

 

そう謝って実家を後にしてから、

フツフツと、

両家の親に対する怒りが、こみ上げてきました。

 

お金を借りたことはありました。

 

でも、

それ以外に助けてもらったことも、

助けを求めたこともありませんでした。

 

両家の親に、

子守を頼んだことも、一度もありませんでした。

 

深夜清掃の現場があり、

夜の保育を利用したとき、

 

それを知った義母に、

『かわいそう、心配、ありえない』

などと

責められました。

 

また同じ案件が入った時に

義母に子守を頼むと、

『それはムリ』

ときっぱり断られました。

 

私と夫が発熱し、

義実家に泊めてもらうことはありましたが、

 

産前産後の家事も育児も、

夫と二人で、

仕事と両立させていました。

 

帰りの車の中で

そんなことを思い出し、

ますます怒りを爆発させていました。

 

このころ、私は

長男の育児と重なってか、

幼少期の虐待されていた経験を

思い出すようになっていました。

 

子どもが

虐待されていたことに向き合うと、

虐待していた親か、

虐待された自分か、

どちらかを否定しなければいけなくなります。

 

とっても優しいお母さんが、

いつもいい子な私を叩く。

 

これは論理破たんしていて、事実だと認識できません。

 

親も子どもも悪くなかった、

無理にそう認識しようとして、

精神破壊してしまう人もいます。

 

未熟なお母さんが、

いつもいい子な私を叩く。

 

か、

 

とっても優しいお母さんが、

いつも悪い子な私を叩く。

 

ほとんど必ず、このどちらかで

親子関係を認識します。

 

そしてほとんど必ず、

事実は前者になります。

 

でも、

親の過ちを直視し、否定するのは

とても難しいことです。

 

幼い子どもにとっては

親に愛されることがすべてだし、

親が世界です。

 

一般的に、

常識では、

親の愛は無条件と言われていますよね。

 

でも、私の考えでは、逆です。

 

子どもの愛こそが、無条件なんです。

 

6歳くらいまでの幼い子どもが、

 

料理まずいから親キライ。と言いますか?

ブサイクだから親キライ。と言いますか?

仕事できない親キライ。と言いますか?

 

それどころか、

怒って、怒鳴って、叩いたりもして、

どんな理不尽な親だとしても、

 

抱っこを求めるのが幼い子どもですよね。

 

自分が心から愛する相手を

否定するのは、

難しいことです。

 

子どもにはなおさら。

 

だから、

親を嫌いにならないように

無意識に努力するんですね。

 

すると、

親を正当化するために、

 

自分が悪いから虐待されていたんだ、って

自己否定し続けることになります。

 

親の過ちだったと過去を直視できても、

 

自己肯定感の低さや、

過去の辛い記憶、

親は無条件に愛してくれるという一般常識、

愛されなかったという事実、

 

などに、苦しみます。

 

は、

虐待されていた過去がよみがえってしまうたび、

は愛されず

存在価値が無かったんだ

と再認識させられていました。


そんなは、

両親が離婚して父と暮らすようになってから、

父が大好き!

尊敬してる!

思い込もうとしていました。

 

たしかに

離婚の後は

愛情をもって接してくれたし、

たくさん面倒を見てもらいました。

 

でも、父は、


虐待していたことを

全て母の責任して、

まるでなかったことのように生活していました

 

私は、夫と長男という、

新しい家族が心のよりどころとなって、

少しづつ、

父への嫌悪感を

受け止められるようになっていました。

 

そんな折の

ダマし打ち昼食会で、

父との距離は、ますます広がっていきました。

 


もし読んでいるあなたが、

過去に虐待された経験があったら、

もしその経験にに苛まれていたら、

 

あなたを傷付けた人を、

無理に肯定しないでください


もし子どものころ虐待されたなら、

なおさら。

 

あなたは%も悪くない。

絶対にあなたは悪くない。

 

親を許せなくたっていい、悪いのはあなたじゃない。

自分がたくさんの愛をもった

大切な存在なんだって思えるようになるから、

安心してください。


も道の途中です。

 

 

さてさて。

 

 

両家の親に

『会社を畳め昼食会』を企画されたものの、

関係なく、会社を続けていました。

 

一般消費者向けの

ハウスクリーニングや家事代行業に事業転換して、

1年が経っていました。

 

業界の認知度は高まり、

住友不動産

ヤマト運輸

昭和シェル石油

伊藤忠商こと

など、

誰でも知っているような大手企業が

次々と参入していました。

 

認知が高まったのは追い風ですが、

大手と競合するのは向かい風でした。

 

大手企業の知名度や、

思い切った大規模広告、

高額な広告宣伝費。

一年がんばりつづけた結果、

がんばり続けようと思えるほど、

結果は出ていませんでした。

 

高価なホームページは、

売り上げが上がらず、

依頼した制作会社は3社目になっていました。

 

実に、ホームページ制作費の総額は150万円にもなっていました。

 

飛ぶようにお金がかかるものの、

広告も

まったく効果が感じられません。

 

顧客は増えていましたが、

大手との比較にさらされて、

なかなか新規獲得ができません。

 

このままがんばり続けるべきか。

新しい事業を模索するか。

 

はたまた、法人向け事業に戻るのか。

 

何もしなければ、

ずぶずぶと沼に沈んでしまう。

 

どうするべきかを考え続けた結果、

法人向け事業に戻ることを決めました。

 

経験のある法人営業の方が、結果を出しやすいはず。

つちの強み活かせる。

 

そう判断したためです。

 

実績のない

一般消費者向けの

ハウスクリーニングや家事代行業は、

完全に手探りでのマーケティングでした。

 

でも法人ならば、

今までの実績から、

費用対効果もある程度予測ができます。

 

まずは

新規顧客獲得のための、

営業活動に力を入れました

 

手作りクッキーを片手に

墨田区にある300件の不動産会社を、

毎日、訪問営業をしました。

 

なぜ手作りクッキー?と思いますよね。

 

理由は三つあります。

 

一つは、売り込みと思われないように。

 

自社のチラシや広告をもっていけば、

どうしても

売り込み臭がしてしまいます。

 

でも、

クッキーを渡して、

ご挨拶まわりと伝えれば、

売り込み臭はしません。

 

駅前のティッシュ配りに似た感じです。

 

二つ目は、目新しさ。

 

5年前、

私が初めて飛び込み営業をしたときは、

同業は営業に来ない、と聞きました。

 

でも今は同業も増え、

飛び込み営業している会社も増えました。

 

不動産会社向けのリフォーム会社が、

チラシや名刺、

価格表を持ってくるのは、

当たり前になっていました。

 

なので、あえて意表をつくクッキーを持参しました。

 

三つめは、女性営業の強みを活かすため。

 

同じクッキーを持ってくるのでも、

男性が来るのか、

女性が来るのかで、

受け取る側の感じ方は

大きく変わります。

 

やっぱり女性からもらったほうが

違和感なく、

美味しく感じるものです。

 

クッキーを持参するだけで、

女性らしいね、

細やかさか伝わる、

などとお褒めいただくこともありました。

 

休日に、

友だちに手伝ってもらい、

大量にクッキーを焼きました。

 

事務所中が甘い香りに包まれ、

うっとりしました。

 

一日で500枚焼く時もありました。

 

それを可愛くラッピングして、

営業にいそしみました。

 

その場で、

美味しい!と

言われるだけでも嬉しいものでしたが、

 

まったく営業せずとも、

クッキーを渡してご挨拶まわりするだけで、

何件も受注することができました。

 

また

毎月ニュースレター発行し、

接点を増やすことを意識しました

 

ザイアンス効果と言いますが、

接触頻度が高いほど、

信頼を得やすくなります。

 

私やスタッフの紹介だけでなく、

リフォームの提案事例、

不動産関連本のレビューなど、

 

読み物としておもしろく、

役に立てていただけるよう、

毎月、時間をかけて制作しました。

 

営業でまわっていると、

お送りしたニュースレターを

壁に貼ってくださっている会社が何件かありました。

 

貼ってくださる会社は、

案件が出た際に発注の連絡をくれました。

 

嬉しくもあり、

効果も実感しました。

 

他にも、

郵送DMや、FAXDMも行いました。

 

そんな、秋からの営業活動が功を奏して、

法人向け事業に戻ってからのスタートは順調でした。

 

第15話に続く

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

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恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
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