第15話 父との別れと、ホームページとの出会い

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なんとか年末を乗り切ることができ、

来年の見通しも立ってきた年の暮れ、

会社の業績が、少しづつ上向いてきていました。

 

少しお金のゆとりができたので、

家賃と駐車場代を節約するため、

2駅離れた街に引っ越しました。

 

それまで、

自宅と事務所と駐車場にそれぞれ家賃がかかり、

毎月17万かかっていました。

 

自宅兼事務所にできる、

駐車場付きの一戸建ては、月12.5万円。

 

引っ越し費用は掛かるものの、

毎月5万円の節約は大きいと、引っ越しを決めました。

 

年末年始の冬休みに入る前、

スタッフの自宅で、

取引先の職人さんも呼んで、

年納めの忘年会をしました。

 

私は、第二子を妊娠していました。

 

みんなで囲む、

大きなおでん鍋。

 

山盛りのおでんから、

あたたかそうな湯気が上がっていました。

 

私は

スタッフみんなの笑顔と、おでんを見つめながら、

なんとか会社が存続でき、

スタッフみんなで年を越せることの幸せを

かみしめていました。

 

そして、

おなかにいる新しい命を思い、

嬉しさがこみ上げていました。

 

そんな時、父からメールが来ました。

 

父とは『会社を畳め昼食会』以来、

連絡をとっていませんでした。

 

なんの用かとメールを見ると、

数年交際していた、25歳年下の彼女と、

クリスマスイブに入籍したとのことでした。

 

わが父ながら、

64歳とは思えないロマンチストぶりに、

思わず吹き出してしまいました(笑)。

 

数日後のお正月に、

父の再婚を祝いに実家に行きました。

 

が、

父と対面すると、

『会社を畳め昼食会』の憤りと、

子ども時代に虐待していた父への恨みが噴出しました。

 

私が、なぜ母の虐待を止めなかったのかと聞くと、

父は悪びれることなく、

 

『だって止めると激化するから』

 

と答えました。

 

 

のび太を殴るジャイアンを止めると、

ジャイアンの怒りが激化する。

 

だから、止めない。

 

のび太は殴られ続け、

ジャイアンの怒りを激化させないための

犠牲になっています。

 

そう置き換えると、明らかにおかしいのです。

 

でも、

 

子どもを殴る母を止めると、

母の怒りが激化する。

 

だから、止めない。

 

平然とそう答えた父に、失望しました。

 

子どもは殴られ続け、

母の怒りを激化させないための

犠牲になっています。

 

と公言するようなものです。

 

その思いは時間が経つにつれ増していき、

もう会いたくない、と思うようになりました。

 

そして父も、

顔を合わせると過去のことを話し、

責めてくる私を

避けるようになりました。

 

とはいえ、

義実家に行くと、

私の実家に連絡するよう、義両親から言われます。

 

連休や年末年始くらいは顔を出すべきだ、と。

 

仕方がないのでしぶしぶ父に連絡すると、

『嫁がいないから来られても困る』と

不思議な理由で断られることが

続きました。

 

連絡したくもないのに連絡して、

そのうえ拒否され、

嫌な気持ちしか残らないので、

 

翌年には連絡することもやめていました。

 

 

冬休みが明け仕事が始まると、

私は

つわりに悩まされていました。

 

四六時中、いつも二日酔いのような感じで、

気持ち悪さが収まることは

ありません。

 

無理に外出すると、

突然貧血になって立てなくなってしまったり、

猛烈な腹痛で動けなくなることもありました。

 

今までと同じような、

外を飛び回る営業方法はできない、と思った私は、

競合のホームページを見ていました。

 

一般消費者向けのハウスクリーニング事業では、

鳴かず飛ばずだったホームページ。

 

でも、なぜか今、

インターネットの可能性を感じていました。

 

妊娠中で、今後ますます動けなくなる。

 

ならば、動かずにできるホームページ制作で、

売上を上げられないだろうか。

 

そんな思いでパソコンを見ていると、

清瀬市のリフォーム会社のホームページが、

目に留まりました。

 

不動産会社向けのリフォーム会社で、

私の会社と同業です。

 

見やすく、

分かりやすく、

信頼ができそうで、

頼んでみたくなるホームページでした。

 

数ある同業他社のホームページから、

群を抜いていました。

 

一目見て、

このホームページが売上をあげていることが

分かりました。

 

私はすぐ、その会社に電話をしました。

 

電話に出た丁寧な口調の女性に、

 

『ホームページを拝見しました。

私は中村華子と言います。

墨田区で同業を営んでいます。

素晴らしいホームページだと思いました。

是非とも教えを乞いたいので、社長様をお願いします!』

 

熱くそう伝えました。

 

電話口の女性は戸惑いながら、

折り返しの約束をしてくれました。

 

そして数分後、電話がかかってきました。

 

その会社の社長でした。

 

忙しい中折り返してくれたことお礼を言いつつ、

 

今までホームページで何度も失敗したこと、

でも再挑戦したいと思っていること、

御社のホームページを見て、素晴らしいと思ったこと、

御社のホームページを目指したいと思ったこと

 

などを話し、

作り方を教えてください、と頼み込みました。

 

今振り返ると、なんとも図々しい()

 

でも、社長さんは快諾してくださいました。

 

そして翌週、

墨田区から清瀬市まで、

はるばる2時間近くかけて、伺いました。

 

社長さんはひびさんとおっしゃいました。

 

ながらくとび職人で、

とびの会社を起ち上げて15年以上。

 

大手ゼネコンから仕事を請ける会社は安定していて、

職人を退き、

経営業に専念するようになって、

法人向けリフォーム事業をはじめたそうです。

 

この会社も、すでに創業10年近く経っていました。

 

そんなひびさんは、

自分でホームページを作った、と教えてくれました。

 

私が、

インターネットで集客したいというと、

 

ホームページ制作ソフトの名前、

ネット集客に強い研究会、

参考になる教材や本、

実際の作り方など、

 

具体的なノウハウを、惜しみなく教えてくれました。

 

ホームページのコンテンツ作りなどは、

その場で指南してくれました。

 

それだけでなく、

経営に役立つ本を

何冊もプレゼントしてくれました。

 

私の質問は尽きず、

ひびさんの実践的な答えに、

メモを取る手が止まりませんでした。

 

あっという間に時間が経っていきました。

 

帰る時間になると、

妊娠中である私の体調を気遣かい、

駅まで送ってくれました。

 

初対面の私の図々しい願いを聞き入れてくれた、

どこまでも太っ腹なひびさん。

 

事業が安定し、

お金に余裕があり、

自信がみなぎり、誰に対しても親切であるという、

理想的な社長の姿に見えました。

 

そんなひびさんの教えを実践すべく、

さっそく制作ソフトを購入し、

翌日からホームページ作成に取り掛かりました。

 

完璧なホームページを作ることよりも、

まずは完成させることを目標に、

一週間で制作し、アップさせました。

 

ホームページ制作会社に

150万以上支払っても成果が出なかったのに、

 

ど素人の私が手作りしたら、

アップして20日後には

ぽつぽつ反響が出るようになりました。

 

つわりが治まったころから

外勤営業を再開し、

 

ホームページのコンテンツを充実させたり、

施工前後の写真を掲載したりという、

ホームページの更新作業も

並行して行なっていきました。

 

そして少しづつ、

ホームページからの問い合わせが増えていきました。

 

気付くとおなかはすっかり大きくなり、

少し歩くのもやっとなほど。

 

暑くなるころには

外勤は控え、

ホームページの更新に集中するようになりました。

 

そのころには、

ネット集客と、

継続した墨田区の不動産会社への飛び込み営業の成果が出て

顧客数100件ほどまでになっていました。

 

1年前の業績の落ち込みを考えると、

なんとか上向かせることができ、

胸をなでおろしました。

 

そして、

猛暑に見舞われたお盆休み、

夫と長男に見守られて、

私は無事に、長女を出産しました。

 

長男のときと同じく、

出産前日まで出勤していましたが、

出産後はしばらくのんびり過ごしました。

 

久しぶりの赤ちゃんは可愛く、

長女のそばに寄り添い、

その柔らかさ、温かさに、幸せを感じました。

 

でも、

産後一か月も経つと、

仕事がしたくなってきました。

 

パパッとつくったホームページでも、

あの反響。

 

きちんと作ったら、もっと反響があるに違いない。

 

そう考えて、

ホームページのリニューアル作業を開始しました。

 

長女の保育園が決まるまで、

早朝や深夜、

長女が眠る間に

コツコツと作業を続けました。

 

そんな折、東日本大震災がありました。

 

私は事務所で仕事をしていました。

 

そのうち収まると思っていた揺れは、

次第に激しさを増し、

事務所から飛び出すほどでした。

 

テレビで流される未曽有の大惨事に

胸を痛めた社員は、

うつ病が悪化し、退職することになりました。

 

しばらくののち、

給料の遅延が続いていた、

もう一人のアルバイトも退職しました。

 

常勤スタッフは

夫と私の、二人になってしまいました。

 

私は、

飛び込み営業廃止し、

営業事務とマーケティング業務に専念することにしました

 

今まで、

飛び込み郵送DMFAXDM 、ホームページなど、

いろんな新規集客の営業活動をしてきました。

飛び込みは30件中件成約。


郵送DMは、300件中15の問い合わせ

 

ホームページでは、広告費無しで、毎週1件以上のお問い合わせ。

 

どれも、かなりの好成績です。

 


でも、集客する方法を

ホームページリスティング広告に絞ることを決めました

 


なんでかって…


いちばん費用対効果が良く、


形に残るため、長く効果が出続けるからです。

飛び込みは、

伺ってご縁が結べなければ、

もう一回行かないと成果に繋がりません


(
だから、ヶ月、毎日飛び込みしてた時期がありました(笑))


DM
原稿は繰り返し使えるけど、

お客様が捨てたら手元からは消えてしまいます。

 

から、やっぱり繰り返しお送りしなきゃ成果に繋がらない。

でも、

ホームページは追加した情報が積み重なって、

どんどんコンテンツが充実してきます


コンテンツが充実したホームページは、

検索されやすく、

目立つようになっていきます。

 

結果、

い期間、たくさんの人の目に触れてくれます

事実、

私の作ったホームページは、お金をかけずとも、

業種と地域名で、1位表示されていました。

また、
リスティング広告はお金がかかりますが

しっかり作り込んだ広告は

繰り返し使うことができます


業種やご経験から、

そんなことないとおっしゃる方もいると思います

万人には共通しないかもしれないですが、

少なくとも私の事業には

大きく貢献してくれました

 

ホームページ集客をはじめてから、

心身ともにずっと楽になりました。

 

集客方法を絞ると同時に、

効率的な体勢づくりに着手しました。

 

なにせ、常勤しているのは私と夫のみ。

 

電話対応は電話秘書サービス。

請けた工事は、職人さんに発注。

 

私たちは顧客対応や現場管理に努め、

2人でも業務が回るように、

外注できるものはすべて外注しました。

 

考え無しの採用で、

いつも人件費が利益を圧迫していました。

 

自分の会社経営を振り返ると、

仕事が無くて人を雇っておけるはずもないのに、

いつも雇用過多でした。

 

雇用過多を改め、

外注を多用したのが良かったようで、

その年、

年商4500万円を超えることができました。

 

スタッフは誰もいないのに、

売上は過去最高になりました。

 

会社の安定には、

 

新規顧客獲得と、

顧客のリピート利用促進、

 

それと同時に、

 

固定費の削減と、

少数精鋭で業務が回る仕組みづくりが

欠かせなかったんだなぁと、今にして思います。

 

どれかがずば抜けて良くても、

他のどれかが欠けると、

会社の安定は損なわれてしまいます。

 

経営をする当時者のときには、

会社を見るにあたって

客観性が欠けてしまい、

いつも

どこかの要素が抜けていた、と思います。

 

そうはいっても、

売上が上がり、

固定費も削減でき、

会社の状態は良好でした。

 

お金に悩むことも無くなりました。

 

第16話に続く

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

アホ女子高校を中退したフリーターが、起業して年収 1000 万を得るまでレポート

 

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(左の画像をクリックすると、ストーリーが読めます)

恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

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