第16話 2冊の著者になって知る、出版のノウハウ

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会社は繁忙期を迎えており、

ますます順調な会社の売り上げに、

私は引っ越しを決めました。

 

一年前に越した一戸建ての借家は、

もともと古かったのですが、

入居にあたって自分たちで施したリフォーム

仕上げが足りないような状態でした。

 

自分たちの家、と思うと、

どうしても気が抜けてしまったのです。

 

その仕上げのずさんさから

ネズミまでも出現していました。

 

不便な場所でも十分だったものを、

錦糸町からほど近いマンションに入居を決めました。

 

家賃や事務所にいくらお金を使っても、

売上が上がるわけではありません。

 

お金は、使えば無くなります。

 

でも、

私は順調に推移する業績に安心しきってしまい、

 

数か月後には、

迷うことなく

錦糸町駅前のシェアオフィスを契約し、

毎月の固定費が上昇し始めていました。

 

引っ越して間もなく、

大手出版社の編集長から1通のメールが来ました。

 

著者を探しています。

一度お電話もらえると嬉しいです。

 

3年前、

一般消費者向けのハウスクリーニング事業に転換したとき、

売り上げ低迷に苦しみ、

 

わらをもつかむ思いで

出版コンサルティングを受けたことがありました。

 

売上が悪くて、なぜ出版?とお思いでしょうか。

 

世の中には、

ブランドでモノを売る人が、たくさんいます。

 

分かりやすいのが、

アイドルや歌手の、コンサート会場。

 

どこにでもある安っぽいタオルやTシャツを、

アイドルや歌手のブランドの力で、何千枚と売りあげます。

 

また、

本を出している、テレビに出ている、というのは、

絶大な信用をうみます。

 

『本を出版しています。』

 

そう聞けば、多くの人が、無条件に信用してくれます。

 

そんな出版の持つ

ブランド力・信用力が、

会社を救う打開策となるかもしれない、と考えました。

 

実際、

本を出して、

本業の売上が倍増したというケースは、

枚挙にいとまがありません。

 

私は、出版コンサルタントの友人にお願いし、

無いお金を捻出しフィーを支払い、

 

休みを削って打ち合わせをし、

寝る間を惜しんで企画書を作りました。

 

また、たくさんの先輩、知人、友人にリサーチし、

応援をお願いしました。

 

そして、ほうぼうの出版社に足を運び、

友人と縁のある編集者を紹介してもらい、

数か月、努力を尽くしました。

 

結果、

 

まったく手ごたえがありませんでした・・・(笑)。

 

 

そして先日メールをくれたのは、

その時にお目にかかった、編集長でした。

 

実に3年ぶりでした。

 

もし出版につながれば、

会社を飛躍的に成長させられるかもしれない。

 

そう思った私はドキドキしながら、

電話をしました。

 

当時、

片づけの本が大流行し、

にわかにそうじ・片付けブームが到来していました。

 

そのブームにのれるような本が書ける人物・・・

考えたとき、

私を思い出してくださったそうです。

 

たまたま到来したそうじブーム。

 

ブームが無かったら

お声はかからなかったかもしれません。

 

なので、

運という要素は大きいですが、

 

ほかにも、

思い出してもらえた要因はいくつかあると思います。

 

まず、

共通の友人の紹介で出会っていたこと。

 

知らない人より、

紹介された人のほうが、

ずっとずっと信頼されます。

 

ただ紹介された人でも信頼度は高めなのですから、

おススメです、と推薦された場合はなおさらです。

 

もしロクでもない人を推薦したら、

紹介者は信頼されなくなってしまいます。

 

誰しもそう思うから、

変な人を推薦するわけはない、と思われるんです。

 

本業では

飛び込み営業ばかりしていましたが()

 

 

もう一つは、

印象に残る工夫をしていたこと。

 

編集者は、

たくさんの出版希望者に会います。

 

その他大勢に紛れ込まないよう、

好印象かつ印象に残ることを意識していました。

 

メールの返信は迅速にしたり、

要求されたものはすぐ提出したり

名刺や企画書は、個性を感じるデザインにしたり、

 

初対面から手土産を持参し、

時間をいただいた感謝、出会えた感謝を伝えたり。

 

そうした細々したことと合わせて、

できる限り、

着物で訪問しました。

 

普段から着物を見慣れている人は、

ほとんどいません。

 

着物で行くだけで、驚かれます。

 

洋服で印象を残すのは、

派手になりすぎたり、

場にそぐわなかったり、

相手の趣味に合わなかったり、

と、

なかなか難しいものです。

 

でも着物なら、

派手な色味でなくとも目立ち、

 

フォーマルにも対応しているため

だいたいの場に適応し、

嫌がられることがありません。

 

確かに着付けを覚えるまでは大変ですが、

だからこそ、

優位性を得られます。

 

私は、

着付けの本と、付録のDVDで着付けを覚えました。

 

着物は、

リサイクルショップでそろえれば、一式1万円しません。

 

髪型もメイクも、

アイデアや方法はネットにたくさん載っています。

 

慣れると、

30分で着付けられるようになります。

 

最初は、

取引先に印象を残すため始めた着物ですが、

 

結婚式はもちろん、

子どもの卒園式や入学式、

あらたまったお呼ばれなど、どんな場面でも着られ、

 

スーツより長持ちし、

特別な日という演出もでき、

冠婚葬祭などで、服装に迷うことがありません。

 

いちど身に着けると、ずっと使える技術なので、

着付けはとってもおススメです。

 

 

さて、3年ぶりに話した編集長ですが、

そうじをテーマにした

女子向け・恋愛系の自己啓発本が出したい、

とのことでした。

 

私は

3年前の企画書や資料を引っ張り出し、

編集長の要望に沿った企画書に、

作り直しました。

 

前回は、

企画書やプロフィールなどを、

送れども送れども

返事すら来ず、

まさに、のれんに腕押しでした。

 

しかし今回は、

メールが来てからわずか1か月で、

出版することが決まりました。

 

会社の実務と、

ホームページの更新、広告管理の合間をぬって、

執筆する日々が始まりました。

 

もともと文章を書くことが好きで、

PCに向かい続けるのは苦にならない性分でした。

 

それに加えて、

編集長の意向で、

ベテランのライターさんがつくことになり、

本は、

スムーズに出来上がっていきました。

 

そんな最中、

私は32歳の誕生日を迎えました。

 

32歳。

 

なんの節目でも、切りのいい歳でもありません。

 

でも、私にとって、意味のある数字でした。

 

中学二年生のころ、

社会科で、平均寿命についての授業を受けていました。

 

先生が、生徒をランダムにさして、

『何歳まで生きたいですか?』

と質問していました。

 

生徒たちは、

70歳。

80歳。

と、一般的な寿命の年齢を答えていました。

 

 

不意に指され、

私の口をついて出た希望の寿命は

32歳

でした。

 

当時、私は、

虐待される環境から逃れ、

平穏な毎日を送っていました。

 

死にたいと意識していたわけでは

ありませんでした。

 

でも幼いころに度々訪れた、

絶望の瞬間。

 

恐怖の空間。

 

それらの影響か、

私は無意識に

早死に願望を抱いていました。

 

それは何年経っても変わることはなく、

長生きすることに、

価値を感じませんでした。

 

でも、

中学二年生の私が希望した

寿命の年齢を迎えたとき、

 

私は、

長生きしたい、と思うようになっていました。

 

子どもたちの成長が見たい。

家族とともに過ごしたい。

家族の支えになりたい。

 

そんな思いが、私の早死に願望を、変えていました。

 

私は漫然と

仕事したり生活するのではなく、

 

家族の明るい未来のために、

自分の明るい未来のために、

 

そう信じて、

会社の仕事と、執筆に打ち込みました。

 

出版が決まってから、

四か月後には原稿が完成しました。

 

秋には無事に初出版を果たし、

はじめて見る自分自身の著書に感動しました。

 

が、内容はいまいち浅く、

納得できるものではありませんでした。

 

売れる本は素人には書けない、

ライターを入れるべきだ、

と強く主張する編集長。

 

ライターさんが著者にインタビューし、

その音源をもとに、

ライターさんが文章を書き起こします。

 

出版業界が分からなかった私は、

7割以上が

ライターが書いた本という話を聞き、

そういうものなのか、と受け入れてしまいました。

 

が、

後から後悔しました。

 

私が書いた文章もありましたが、

ほとんどがライターさんの文章です。

 

ほぼすべて、私が修正しましたが、

表現に一貫性が無いというか、

浅い内容になってしまった気がしました。

 

そうはいっても、

出来上がってきてからは後の祭りです。

 

お世話になっている友人知人、

取引先などに、

出版されたばかりの本を、配ってまわりました。

 

出版をしたことがきっかけで、

埼玉のローカルテレビから、出演依頼もいただきました。

 

年末に向けて、

大そうじのノウハウを伝えてほしい、とのことでした。

 

家族でする大そうじ、というテーマで、

夫と長男と3人で出演しました。

 

わずか5分の番組でしたが、

会社名と書籍名も放送してもらえ、

さっそく、出版効果を感じました。

 

年末には、出版記念のパーティを行いました。

 

私は人前で話すのは苦手だし、

主催するのはもっぱら飲み会ばかり。

 

自分の結婚式も披露宴もしたことは無く、

苦手で初めて尽くしのパーティの主催は、

とっても気が重い仕事でした。

 

でも、

出版コンサルタントの友人や、

出版経験のある先輩経営者からされた、

 

『初出版ならお披露目パーティするべき』

 

とのアドバイスに従い、

50人ほどを招いてのパーティを催しました。

 

司会は、プロの知人に頼み、

大道芸人さんの芸あり、

タイトルを取ったプロボクサーのスピーチありの

盛りだくさんのパーティとなりました。

 

準備は、大変な手間と労力を要するものでしたが、

ご無沙汰の方や、

懇意にしている取引先、

応援してくれる友人、知人に囲まれ、

楽しいひと時を過ごすことができました。

 

そんな会社の業務と直接関連しないことをする一方で、

会社の効率経営をすすめるため、

 

原稿が出来上がった夏ごろから、

事務業務のアウトソーシング開始しました。

 

現場でチェックした内容をもとに、

見積もりを作成する作業、

その見積もりを顧客に送付する作業、

受注したら、工事の手配をする作業

などを、

外注することにしました。

 

フリーランスが集う、

仕事のマッチングサイトを使い、

外注さんを募集しました。

 

3人の採用枠に対して46人もの応募をいただき、

常時人の外注さんに

働いてもらっていました

 

導入時の説明や、

オペレーションの手間はあったものの、

引き受けられる案件数は増えました。

 

私の出版や、

それに関連する作業などで

会社の業績は少し傾いていました。

 

でも、

出版による集客や成約への好影響や、

業務をまわす仕組みが整ってきたことや、

年明けから初夏までは繁忙期であること、

ホームページの反響が安定していたことなどから、

 

本業に専念すれば、すぐ回復するはず、

 

と楽観視していました。

 

予想通り、

1月下旬からは目もまわるほどの忙しさで、

短期的に下落していた会社の状態は、

すぐ持ち直しはじめました。

 

4時起きして業務にあたる日々が続きました。

 

忙しいある日、

第三子妊娠が分かりました。

 

予期せず授かった新しい命に、

私は大喜びしました。

 

仕事をしながらの育児は大変でしたが、

子どもたちは可愛く、

一緒に過ごすことで、

私はたくさんの幸せを感じていました。

 

出来れば3人以上産みたい、

と思っていた私にとって、

不意のプレゼントのような妊娠でした。

 

そんな矢先、

2冊目のオファーをもらいました。

 

今度の本は、

本業であるリフォーム会社の

経営術がテーマでした。

 

もちろん即答で引き受けました。

 

ますます本業へ

いい影響があるはずと考えたんです。

 

ちなみに、

2冊目のオファーをくださったのは、

まったく面識のない編集者さんでした。

 

リフォーム会社の経営について

書いてくれる人を探していたところ、

私を紹介されたそうです。

 

私は当時32歳、

会社経営をはじめて7年目でした。

 

まだまだ人に経営を語れる立場ではありません。

 

私より、もっとすごい実績を持つ人も、たくさんいます。

 

そんな私に執筆依頼をした、

いちばんの要因は、

 

私が大手出版社からの出版経験があったから

 

だそうです。

 

『出版経験が無い人は、

どんなに出版したいと言われても、

かんたんに信用できない。

経験者に頼んだほうが安心。』

 

その編集者は、そう言っていました。

 

確かにと納得する反面、

初心者の超える壁の高さに比べて、

経験者の壁はなんと低いことか、と驚きました。

 

どんなに出版したいと言われても、

出版経験が無い人は、

なかなか出版できない。

 

出版の案件は、

出版経験者に集まってくる。

 

まるでそれは、

お金持ちはどんどんお金を稼げて、

貧乏はどんどん貧乏になる、

というのと同じだと、と思いました。

 

思うところはあるものの、

2冊目のオファーを受けた私は、

願い通り第三子を授かり、

会社と自分の将来の明るさを感じ、

希望に満ちていました。

 

そんな時、

すべてをひっくり返すような事件が起こります。

 

つわり真っただ中の第三子妊娠中、

夫から離婚を求められたんです。

 

第17話に続く

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  1. いつかは出版をしたい30代の男です。

    とても参考になりました。

    出版経験は信頼にもつながるということですね。

    • コメントありがとうございます!
      出版は知名度やお金のためというより、むしろ信頼を得に行く感じと思っています。
      ガンガン売れたり話題になることってホントにまれみたいですよ。
      出版できたらいいですね!応援してます!

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高校中退アホ女子が起業して年収1000万を得たストーリー

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

アホ女子高校を中退したフリーターが、起業して年収 1000 万を得るまでレポート

 

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もし長い文章でも良ければ、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
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恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

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