第18話 離婚、別居、そしてまさかの会社清算

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離婚の協議に入ってからは、

お互い完全に、

敬語でやり取りし合うようになりました。

 

私にとって夫は、

一番身近な信頼できる人から、

一番身近な、利害関係者に変化していました

 

やっと公正証書を作成した夜、夫は帰宅しませんでした。

 

私は例えようのない安堵感に包まれていました。

 

夜は子どもたちとささやかにパーティです。

 

レトルトだけど、久しぶりのハンバーグの美味しかったこと・・・。

忘れられません。

 

それから一週間後、臨月の大きいおなかで、

保育園から徒歩8分のマンションに引っ越しました。

 

新しい生活を始める場所が少しづつ整い、

不安よりも安心感や嬉しさがあふれました。

 

そして、バタバタとした日々の中でコツコツ書いた、

2冊目の著書も、無事に出版されました。

 

念願かなって落ち着いた生活ができる・・・。

 

そんな喜びもつかの間、

今度は仕事と育児の負担が襲い掛かりました。

 

自分で起業した会社は、

どんどん業績が悪化していました。

 

離婚と引っ越しに伴うたくさんの手続きや準備、

赤ちゃんと幼児二人をお世話する準備などのため、

 

仕事に割ける時間は激減していました。

 

仕事時間に公正証書の内容案を作り、

法律相談に行き、

毎週の妊婦健診にも行かなければなりません。

 

帰宅すれば家事と育児で、

仕事をする時間を作れません。

 

そのうえ、

大きいおなかを抱え、外勤業務は一切できず、

業績はみるみるうちに傾いていきました。

 

月末になると、

支払いできない取引先から督促の電話が鳴りました。

 

支払える見込みはないのに、

支払延長のお願いをする毎日。

 

取引停止になってしまった会社もありました。

 

本当なら、新しい命の誕生を待ち遠しく思う臨月。

 

私は大きなおなかをなでながら、

『もうちょっと待って・・・もう少し仕事させて・・・。』

そう話しかけていました。

 

仕事の精神的負担は、

育児へも影響を及ぼしました。

 

子どもたちが

抱っこして!トイレについてきて!

などと甘えてきたとき、

 

聞いてあげられないことが何度もありました。

 

子どもたちも、

引っ越しやパパとの別居で不安になっているはず。

 

それは分かっているのに、

十分に甘えさせてあげることができませんでした。

 

長男が

『トイレについて来てよう』と泣きながら懇願しても、

ひとりで行きなさい!!

と怒鳴って、叩いてしまったこともあります。

 

事業の資金繰りや将来の不安が、

頭から離れないのです。

 

もちろん安定した収入も得られませんから、

今月の家計ですら心配な状態です。

 

あの時の恐怖は、二度と経験したくありません。

 

なかなか寝付けず、

やっと眠れても真夜中に起きてしまう日が続きました。

 

今思えば、

生活環境の変化による

大きなストレスも抱えていたのかもしれません。

 

ともかく、

怒鳴っては後悔し、

怒っては自己嫌悪するということの

繰り返しでした。

 

心身を擦り減らしてしいくような毎日でした。

 

引っ越して1か月後、

次男の出産を迎えました。

 

第三子なのに、

母の願いを聞いてくれたのか、

予定日より1週間遅れての出産でした。

 

あらかじめ、出産入院に際しては、

元夫に泊まりに来てくれるよう

依頼をしてありました。

 

陣痛が強くなったと感じてから、

一人でタクシーを呼び、病院へ向かいました。

到着してから2時間でのスピード出産でした。

助産師さんから、すごい安産でしたね!と言われました。

 

はじめての一人で臨む出産は不安でしたが、

とても安産で、

健康な男の子を産むことができました。

 

あっという間に退院の日を迎え、

その足で出生届を提出しました。

 

 

ところで、

産後一か月の産褥期は、

とても大事って言いますよね。

 

この期間に無理をすると、身体がぼろぼろになるとか・・・。

 

私には頼れる実家も夫もいないので、

できる限りのサービスを

事前に予約していました。

 

・保育園の送迎

ファミリーサポートを利用。

東京都の福祉事業の一つで、

子育て経験者などの登録者に、

送迎・子守など子育てを助けてもらえる。

時給800円ほど。

元夫とローテーションにしてお願いしました。

 

 

・食事

宅配サービスを利用。

ヨシケイやタイヘイファミリーなどを、夕食のみ利用。

1か月だけだしと割り切って、

できるだけ手間のない、冷凍レトルトを。

 

 

・家事

区の産前産後ヘルパー制度を利用。

産後2週間は週に3日、それ以降3週間は週に1日。

内容は家のそうじや洗濯、お皿洗い、ゴミ出しなど

日2時間お願いしました。

 

産後1か月は

こうしたサービスのお世話になり、

子どもたちのお世話と仕事に専念しました。

 

大変な状況での出産でしたが、

第三子はとても可愛く感じました

 

産まれてきてくれたこと、

3人の子どもに恵まれたことに、

改めて感謝しました。

 

 

新生児をみながらも仕事に取り組んでいましたが、

会社の業績は悪化の一途。

 

離婚した夫は、

第三子が保育園に入園してから、

私の短い産休明けに退職するはずでしたが、

 

顧客から夫へのクレームが相次ぎ、

どんどん顧客が離れてしまっていました。

 

ひたひたと追いつめられていました。

 

 

なんとかして立て直さなくては・・・。

 

年末年始には、

生後2か月のわが子を連れて、顧客回りをしました。

 

すこしでも顧客離れを止めようと、必死でした。

 

そんな折、

離婚届けの立会人となってくれた

パパ友とバッタリ会いました。

 

そのパパ友は、

3人目妊娠中に離婚したいなんてありえない!と、

 

真意を確認すべく、

離婚前に、夫と飲みに行っていました。

 

その時にはすでに、

私の離婚の決意は固まっていたので、

飲み会での様子など、なにも聞きませんでした

 

けれど、

ばったり会ったその時、ふと、

飲み会の時はどーだった聞いてみました。

 

すると

パパ友はため息をついて、

 

おなかが大きかったし、言えなかったんだけど・・・と

口を開きました

 

離婚前の飲み会で、元夫は、

 

『自分の子どもは可愛くない。

三人目妊娠を聞いた時はかなり落ち込んだ。

次の仕事が決まってるから、今の仕事はもーやる気ない。』

 

言っていたそうです

 

親としての責任感が一切無いんだ。

信じられないよ、あの人。

パパ友は、そう言っていました。

 

私はその話しを聞き

夫との関わりを絶つことを決めました。

 

その翌日、合意のもとで、夫は退職することになりました。

そして、

私はフルに復帰すべく、

ベビーシッターを探しはじめました。

 

ですが、年度末を目前に控えた1月です。

 

シッターはまったく見つかりませんでした。

 

そんな産後三か月の2月、

転機が訪れました。

 

会社を畳むことになったのです。

 

きっかけは顧問税理士会話でした。

 

借り入れの返済条件変更を相談したところ、

会社の清算を提案されたのです。

 

今にして思えば不思議ですが、

それまで倒産なんて思ったこともありませんでした。

 

顧問税理士の先生は、

 

『社長、フルに復帰しても、すぐ立て直すのは困難ですよ。

しかも子ども三人育てながらってのは、大変すぎる。

精神的に辛すぎるでしょう?

会社、畳みましょうよ。俺なら絶対そうする。』

 

そう強くすすめました。

 

元夫はすでに退職していましたので、

実質社員は私一人。

 

その時も生後間もない次男を連れての打合せでしたし、

当然の提案だったかもしれません。

 

新生児の次男を抱いて、

産後休む間もなく仕事してきました。

 

時には泣く次男を放って顧客対応しました。

 

心身ともにクタクタなのに、

資金繰りが気になって

眠れない夜が、何度もありました。

 

でも、永久に存続させたい、と法人化した、私の会社。

 

・・・畳むなんて。

 

存続することしか考えていなかった私は、

まったく想定していなかった選択肢に、

戸惑いました。

 

でも、フルに復帰出来てない今でも、

動けないもどかしさ、

焦り、

不安、

憂鬱さから、ストレスが溜まって、

 

子どもに八つ当たりしてる…

と自省することが度々ありました。

 

フルタイムに復帰して動けるようになっても、

当分はストレスが増えることは目に見えています。

 

子どもに当たりまくってまで、

会社を存続させる意味あるの?

 

離婚して1人で出産して三人育てて、

そのうえそんなストレスを抱えにいくの?

 

私の中に、そんな思いが渦巻きました。

 

・・・でも即決できない(泣)。

 

がんばるべきか、

畳むべきか、

もんもんとしながら一週間が経ち

取引先に経費をお支払いする月末がやってきました。

 

何度見返しても、

銀行の残高と、支払額が、合わない。

 

足りない。

 

・・・こんな憂鬱な作業を繰り返すなんて・・・

辛い・・・。

ほっとしたい。

 

いままで抑えていた気持ちが、

津波のように押し寄せてきました。

 

憂鬱さから解放されたい。

 

その時、

会社を整理することを決めました。

 

創業8年が経過した自分の会社を畳む。

 

そのとき、

私が感じたのは

寂しさや悔しさではありませんでした。

 

この苦しみから解放される。

そう思いました。

 

ただただ、ほっとしました。

 

そして会社を畳むことにしたのでした。

 

 

自分で起業した会社を、畳みました。

というと、

『寂しかったでしょう』

『そりゃあ悲しいねぇ』

『できれば続けたかったでしょう』

などと言われますが、

 

そんなこと、全然ありませんでした()

 

精一杯やった、という自負があったし、

限界に近いところまで自分を追い込んでいたので、

 

畳むと決めたときの

安堵、

解放感、

ハンパなかったです()

 

第19話に続く

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

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もし長い文章でも良ければ、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
(左の画像をクリックすると、ストーリーが読めます)

恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

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