第19話 大企業とのドタバタ劇と、母子寮への引っ越し

この記事は6分で読めます

Pocket

会社を畳むと決めてから、

今でもよくわからない事件がありました。

 

だいして株式会社Hさん事件。

 

いま振り返っても、本当に不思議です。

何だったんだろう(笑)。

 

会社を畳むと決めたのは、繁忙期の最中でした。

 

突然お客さんの対応ができなくなるのは申し訳ないと思い、

インターネットで同業を検索し、

お客さんの移譲先を探しました。

 

そんなテレアポ中、

株式会社Hさんが興味を示してくれました

 

すぐに訪問して打ち合わせる約束をしました。

 

それは2月の上旬で、

訪問の当日、東京は記録的な豪雪に見舞われました。

 

見渡す限り真っ白な景色の中、

八王子の本社に伺いました。

 

お目にかかった株式会社Hの社長の提案は、

まったく予想外のものでした。

 

債務はうちが全部引き受けるから、

中村さんが頑張りなよ。

応援するから。もったいないよ。

 

とりあえず足りないお金は全額立て替えてあげるから、

株式会社Hにフランチャイズ加盟して、

売上から返済と、ロイヤリティ上納してね、という話しでした

 

えぇ

えぇ

 

思いがけない提案で、

その場では意味が呑み込めず、

追って連絡することにしました。

 

保育園がお休みの日曜だったため、

子どもたちとみんなで訪問でした。

 

しかも、

ものすごい豪雪後だったので

先輩に車出してもらっていました。

 

混乱したまま家路に着

自宅に到着した時には、

子どもたち全員、眠ってしまっていました。

 

「この隙に考えていいですか!!」

先輩にビールを買って来てもらい、考えました。

 

株式会社Hさんは、

次男が保育園に入園し、

私が無理なく復帰できるまで、

業務のすべてを担うと言ってくれていました。

 

いま倒産するのも、

失敗して数か月後に倒産するのも、同じこと。

 

私は先輩の車で

ビールをちびちび飲みながら、

そう考えていました。

 

そして、

ダメもとで、提案を受けることに決めました。

 

一週間後、

私の事務所で、2回目の打ち合わせをすることになりました

 

社長、専務、経理部長、営業部長、エリア担当の営業さんと、

五名様がご来社されました

 

大所帯での来社で、初対面のひとばかりで緊張しました

 

営業フローや

受注顧客下請け情報や、財務状況などを

説明しました。

 

決算書なども確認してもらって、

本格的に話を進めることが決定しました

 

段ボール2箱分ほどの、

すごい量の経理資料を貸出して、その日は終了しました

 

3時間に及ぶ、長い打ち合わせでした

 

契約書の取り交わしや、実務についての打ち合わせに

さらに一週間を要しました。

 

金融機関へはすぐ返済するように支持され、

無い中から支払ったりもしました

 

そんなこんなで、

あっという間に、月末の支払いを考える時期になりました

 

そこで改めて支払予定を確認すると、

ざっくり二ヶ月分の支払いは、総額550万ほどでした

 

私の勘違いもあって、

予想してより250万多い金額でした

 

そう伝えると、

株式会社Hさんの態度が、急変しました(笑)。

 

せっかく有難い申し出をしてくれて、

感謝してるのに、

私に策略があると疑われることは、でした。

 

なので

すぐに社長に電話をしました

 

の勘違いで支払予定の金額が予想よりも多かったことの謝罪と、

それ予想外であって他意はないこと、

 

今回の話を進めることが難しければ

この話は無かったことにしてもらっていいという意向、

 

などを伝えたところ、

社長は、言いました。

 

ごめん、じゃあ無かったことにさせて☆』

 

・・・なんじゃそりゃ()

 

一ヶ月近くドタバタ大騒ぎして、

遅滞してた返済も支払ったりもしちゃって、

でも結局白紙になりました(笑)。

 

株式会社H業界最大手で年商50以上の会社です。

からしたら大企業です

 

そんな大きな会社でも、こんなことあるんだ。

 

ていうか、

人生って「こんなことあるんだ」の連続なのね(笑)。

 

と再認識した2月の終わりでした

 

 

そして3月入ってすぐ、

会社清算の手続き開始をしたのでした。

 

会社名義だったマンションは、引っ越しを迫られました。

 

しかたなく、手続きを始めてか月後、引っ越しました。

入居後、わずか半年でした。

 

無職で、3児のシングルマザーですから、

家さがしをする気はありませんでした。

 

苦戦を強いられることは、火を見るよりも明らかです。

 

私は、市区町村が運営する、

母子寮にお世話になることにました。

 

引っ越す必要があると分かって、

すぐに役所に電話したところ、

幸運にも1か月後に空き予定があるとのことで、

無事に予約できました。

 

そこからはとんとん拍子です。

 

母子寮とは、

非常にありがたい施設です。

 

入居しているのはみんな、

何らかの事情で住宅に困っている母子家庭。

 

入居期間は決まっているものの、

とても安い利用料で住まえます。

(私はなんと月額7千円でした!)

 

もし今住宅に困っていたり、

家賃の経済的負担が大きすぎるなら、

検討する価値はあります

 

母子寮に入居して貯金できたという人もいました。

 

本当に寮みたいだったり、

マンションと変わらなかったりと、

母子寮ごとに建物も設備も内容も、全く異なります。

 

ちなみに、

離婚率の高まる現在ではとても需要があるそうで、

十人以上の入居待ちという建物も

ザラだそうです。

 

 

さてさて、母子寮に引っ越して、

ようやく仕事の負担からも解放され、

生活が落ち着きました。

 

子どもに怒ることも激減しました。

 

仕事のストレスが無くなったこと、

仕事する時間が無くなったことで

気持ちと時間にゆとりができたことが

大きかったようです。

 

母親のストレスを意識的に少なくすることが、

穏やか育児をする鍵であると感じました。

 

そして、

なににお金を使うべきか

親の笑顔と元気を最優先にする

できるだけ多くの人に甘える

など、

 

育児や生活の自分なりのルールを、

文章にまとめ始めました。

 

離婚の話が出るまでは、

お金も、将来についても、子育ても、

まぁ何とかなるか~思って、

 

ちゃんと考えてきませんでした。

 

実際、

夫婦で仲良く頑張れば、

何とか乗り越えられる問題もたくさんあると思います。

 

でも、離婚したら、そうはいきません。

 

私が特にそれを実感したのは、

子どもに怒ってしまったときです

 

夫婦だったら、

もう一方が子どもをみるなり、たしなめるなり、

フォローできます。

 

でもひとり親は、

何とか気持ちを切り替える必要があります。

 

まぁ何とかなるか放置してたら、

親子関係が悪化して、

修復できなくなってしまうかもしれません。

 

だから、

どうして怒ってしまったのか。

 

どうしたら子どもに怒らずに済むか。

 

子どもに怒ってしまったとき、どうやって気持ちを静めるか。

 

などを、

ちゃんと考えなければいけません

 

少しでも穏やかな育児を、

楽しい毎日を、

不安のない未来を、

そんな思いから、マイルールを考えています。

 

子どもの成長に助けられ、

日に日に育児は楽になっていますが、

まだまだ騒がしくあわただしい毎日です。

 

ガォー!!!と怒鳴り散らすこともあります。

 

怒りが静められず、

一人ベランダで深呼吸することもありました(笑)

 

でも、

4人で暮らせる幸せに感謝しつつ、

私も少しづつ成長したいと思っています。

 

離婚するときは

たくさんの悲しみや辛さがありましたが、

同じくらい大きな学びがありました。

離婚して

良かったこと、得たものがたくさんありました。

子どもと向き合う時間が増えた

子どもの存在に、感謝の気持ちが強くなった

教育やお金、将来へ真剣さ危機感が増した

 

不安や問題を放置しなくなった

1人で頑張る覚悟ができた

良い意味で甘えが無くなった

 

依存し、自分で考えることが不足していた、と反省できた

友人知人への感謝が深まった

お金・仕事への意識が格段に増した

 

子どもの将来をよくよく考えるようになった

自分と会社の将来への考えも深まった

改めて、自分が幸せだと実感できた

 

などなど、あげ始めるとキリがありません。

 

目の前の現実や起こることに、

良いも悪いもありません。

 

良い経験にするのも、悪い経験にするのも、

自分次第だと感じてます。

 

私は、幼少期

いつも助けてほしいと思っていまし

 

誰かが助けてくれるのを、待っていました。

 

でも

起業して、離婚して、倒産して思いました

 

たくさんの人が応援してくれる。

 

だけど結局、

自分を助けるのは、自分しかいない

 

自分を幸せにできるのは、自分だけなんだ、と。

 

たくさんのことから解放され、

心の平穏を得ることができましたが、

 

会社 = 仕事 を失い、

お金もなく、

頼れる家族もなく、

会社名義だった自宅も引っ越しを迫られて、

家もなくなって

 

まさにすべてを失ったとき、あることに気付きました。

 

・・・私、そもそも間違ってた?

 

起業したかった理由は

『支配されない生き方』

がしたかったからです。

 

でも、しばらく経つと、

その本来の目標を忘れてしまって、

『会社を維持するための仕事』に

とらわれるようになってしまっていました。

 

たしかに、

職場の人間関係や、

お給料や、

勤務時間や、

通勤などに、

不満を感じることは、ありませんでした。

 

そして、業績が良いときは、不安もありませんでした。

 

でも、仕組がしっかりしていない組織では、

ひとたび業績が傾けば、

精神的に追い込まれ、

仕事をする以外の時間はとれず、

 

会社を維持するプレッシャーに、押しつぶされそうでした。

 

私は、

知らず知らずのうちに、

自分の会社に、支配されてしまっていました。

 

『考え無しに起業しても、支配されない生き方は、できない』

そう気づきました。

 

仕組が万全ではない自営業でも、

周囲のサラリーマンや、パートのママ友よりは、

 

経済的にも、

時間的にも、

精神的にも、

ずっと自由な働き方です。

 

もし私が離婚せず、

子どももおらず、

業績が良くて、

妊娠してなかったら、

 

ずっと気づかなかったかもしれません。

 

でも、予想外の出来ことで、

すべてを失ったからこそ、気付くことができました。

 

今度は、本当に、

支配されない働き方がしたい。

 

私は、そう決めました。

 

わずかに残ったお金で食いつなぎながら、

 

3人の子どもたちの育児と、両立できる働き方は・・・

私にできる仕事は・・・

 

と、考え続けました。

 

そして、あらためて、

私が好きなこと

私ができること

を見つめ直しました。

 

私はやっぱり、ビジネスのことを考えるのが好き。

職や健康や仕事など、興味があることを勉強するのが好き。

文章を書くことが好き。

誰かの人生が上向くお手伝いをすることが好き。

 

そして、

自分の経験や知識を、相手に置き換えることができる。

すぐに行動することができる。

知識や情報を、仕事にする方法を考えることができる。

人見知りせず誰とでも話すことができる。

 

そんな感じで次々に上げていって、

仕事にできる = お金にできる

ことはどれか、選んでいきました。

 

その結果、

自宅で、自分のペースでできる働き方で、

自分の持つ情報を発信する仕事や

知識や経験などをもとに、だれかの相談にのる仕事

をしよう、と決めました。

 

起業したけど会社を畳むことになってしまったことを、

絶対に次は活かそう!!()と、

よく考えました。

 

でも、そう決めたものの、

育児家事だけで毎日手いっぱいで、

仕事どころではないときがたくさんありました。

 

毎日楽しいけれど

楽に過ごせているわけじではありません

 

楽しいし楽しむ努力もしてるけど、

正気を失いそうなほど、ストレスを感じる一瞬もあります

 

幼児相手と思えないほど、

大人気なく怒りをぶちまけても、

まだ怒りに心を奪われてしまうことがあります

 

子どもたちが永遠に今のまま、

小さな子どもなんじゃないか、と

世話に疲れ果てて途方に暮れる一瞬があります

 

子どもたちみんな、

すごく可愛いし、子ども三人に恵まれた幸せは何にも代え難い。

 

でも、三人の幼児と乳児を一人で育てるというのは、とても大変です。

 

 

毎日髪を振り乱して、

怒って、

反省して、

かっこ悪い子育てをしてます。

 

将来、

同じ境遇の人に会った時、偉ぶらないように…(笑)

 

 

ちなみに母子寮に入居7か月後、

都営住宅にめでたく当選しました。

入居期間が決まっている母子寮から、

都営住宅に越せたことで、

暮らしはますます落ち着きました。

第20話に続く

Pocket

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

高校中退アホ女子が起業して年収1000万を得たストーリー

Feedlyで購読する

follow us in feedly

中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

アホ女子高校を中退したフリーターが、起業して年収 1000 万を得るまでレポート

 

1
もし長い文章でも良ければ、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
(左の画像をクリックすると、ストーリーが読めます)

恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

ポチって下さると嬉しいです