第20話 債権者集会と、母との再会

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母子寮から、

都営住宅に越せたことで、

暮らしはますます落ち着きました。

そんな折、会社の清算に伴い、

債権者集会が行われました。

3月に会社の整理を決め、

粛々と手続きに入っていましたが、

そのことで損害をこうむる取引先がいました。

融資が返済されなかった金融機関、

工事したのに工事代金が支払われなかった職人さん、

リフォームの材料の問屋さんなどです。

そんな『請求できる権利』を持つ人を、債権者と言います。

逆に『請求されている人』を、債務者と言います。

債権者に破産に関する情報を伝え、

裁判所の管理で行われるのが、債権者集会です。

そう知って、憂鬱な気持ちになっていました。

私が迷惑をかけた取引先から、

責められに行くのと同じだと思ったからです。

でも、弁護士さんから、債権者が来ることは無い、と言われました。

債権者集会に来たところで、

お金を払ってもらえる訳ではなく、ムダ骨になるからです。

一般的に債権者集会とは、

裁判所の大きな会議室で、何件もの債権者集会が同時に行われ、

 

あれよあれよと

10分程度で終わるもの、と聞きました。

そう聞いて、ホッとしました。

債権者集会は、

くしくも次男の誕生日の前日でした。

 

私はバースデーケーキを焼いてから、出掛けました。

 

どんな服装で行くべきか考え、

久しぶりのスーツで行くことにしました。

 

東京都家庭裁判所に到着し、

債権者集会場なるところへ向かいました

 

会場に入ってすぐの長テーブルに、

受付がありました。

 

一覧には私の名前と会社名が記されていて、

係りの人に声をかけて、受付完了しました

 

私が依頼している弁護士さんの姿が見えず

廊下にでると

ちょうど来たところでした

 

たくさん並んだイスに腰かけ、待つこと数分。

 

中央に立った男の人が、アナウンスしました。

 

『これから債権者集会をはじめます。

お名前を呼ばれたら指定のテーブルにお越しください。』

 

間もなく、

 

中村華子さん、こちらです!

 

そう呼ばれて顔を上げると、

男性が手を上げて、

長テーブル3つ組み合わせた一角を示してくれました。

 

弁護士とそこに向かうと

面識のある昔の取引先の面々が、ゾロゾロと移動していました。

 

総勢10名ほどでした

 

誰も来ないと聞いていたのに!?

 

私は予想よりずっと多い債権者の人数に、

驚きつつ、

緊張し始めました。

 

あまりの緊張に、笑いそうになってしまう・・・

でも笑ったら大変だ!!

 

必死にこらえました。

 

まず会社、次に個人の

財産状況と分配について、管財人さんから報告があり、

裁判官がしきります

 

会社の報告のあと、

会社の債権者は離席して下さいとアナウンスされました。

 

またもやゾロゾロと席を離れる債権者さまがたをみて、

私は胸をなでおろしました。

 

良かった。

気まずさマックスでした。

 

個人の報告が終わると、

管財人さんが

免責に該当するとおっしゃり、

裁判所で三週間審議する、と裁判官さんが続けました

 

で、

 

破産手続きは今日で完了です

と裁判官さんが締めて、債権者集会終了しました

 

20分くらいの、短い時間でした

 

ホッとしたのもつかの間、

2~3人の債権者さまがた廊下にいるのが見えました

 

私が、弁護士さんに、

(みなが帰るのを)地下の食堂でしばらく待った方が良いすかねぇ…』

と聞くと、

弁護士さんは微笑みながらも、

地下をまわって別の出口から出るように促しました。

 

私は、

裁判所の複雑な構造に感心しながら、

弁護士さんと一緒に

裁判所の地下を通って、かなりの遠回りをしました。

 

弁護士さんは

思ったより債権者がたくさん来たことに、驚いていました。

 

やっと出口に到着すると

地下鉄で債権者と鉢合わせすることを避けるため、

地下の喫茶店で時間潰しをすすめられました

 

おっしゃる通りにします!!

 

と、

私は弁護士さんと別れ、

1時間ほど地下の喫茶店で過ごしました

 

この日をもって、

3月から8か月間続いた、会社を整理する手続きが終わりました。

 

まだ緊張の余韻が残り、

落ち着かない気持ちでしたが、

やっと一区切りがついたことに安心しました。

 

 

このころ、

食や健康への興味がますます深まっていました。

 

頭皮からの経費毒の怖さを知り、

シャンプーとリンスを捨て

お湯やで頭を洗うようになっていました。

 

一か月ほどはべたつきが気になりましたが、

皮脂の分泌が落ち着いたのか、

2か月経つころには、気にならなくなりました。

 

また、歯磨き粉も処分しました。

 

歯磨き粉の中のフッ素は体に蓄積し、

病気の原因となると知ったからです。

 

香料や洗浄剤などの有害性も気になりました。

 

普段は歯ブラシのみで洗浄していますが、充分にすっきりします。

 

たまに重曹を使うようにしました。

 

 

洗濯洗剤も変えました。

 

市販の化学合成洗剤は繊維に残るとのことで、

幼い子どもたちの肌トラブルを防ぎたいと思いました。

 

洗剤は過炭酸ナトリウムに切り替え、

柔軟剤代わりに、クエン酸を使うようになりました。

 

 

主食は玄米や玄米粉、

宅配の無農薬野菜を利用しています。

 

子どもたちは、私の試行錯誤に寛容で、

どんなご飯でも美味しければモリモリ食べてくれます。

 

子どもたちがいなければ

気付かないこと、知らないことばかりだったと、

改めて感謝の気持ちが湧きました。

 

 

そんな生活のなか、

2014年の年明けから、毎月一回、

父母にはがきを出すこと決めていました。

 

母から虐待されていた著書が書いた自伝マンガを読み、

真似することにしたのです。

 

の本は、『母さんが、どんなに僕を嫌いでも』。

 

虐待された過去を持つ著者が、

母親と向き合い、

自分自身を取り戻していく実話でした

 

いままでは

虐待について触れている本は一切読みませんでした

 

間違って読もうものなら

三日間は本の内容や悲惨な描写が頭から離れず、

夢にまで見るほどでした。

 

凄惨な事件について聞いても同じようになるので

テレビのニュースも一切見ないほどです

 

でも、

いぜんに契約していた

マーケティングのコンサルタントのすすめ読んで、

なぜか注文してしまっていました。

 

2013年に離婚の話が出てから、

会社経営、

子育て、

お金、

将来、

両親、

友だち付き合いなど、

多くのことを考えるようになっていました。

 

今までがいることへの安心感などから、

深く考えることはありませんでした。

 

考えいから不安にならず、

向き合う必要もありませんでした

 

離婚して、

今まで避けてきた問題と向き合わざるを得なくなったことも

 

この本を読んだり、真似してみよう、と思った要因かもしれません

 

そんなこんなで

父母それぞれに年賀状を出した2014年1月、

母から電話がかかってきました。

 

15年ぶりに、母と会話を交わしました

 

背中や足を骨折し、

コルステロール値も高く、体調が悪いこと。

 

父違いの兄と交流を持つようになったこと、

そして

母の自宅近くの新築戸建てを買ってあげたこと。

 

母の自宅一階を喫茶店に改装し、

兄に、住居と仕事を両方を手当てしてあげたこと。

 

なのに兄は、

母と一緒でなければ喫茶店をやりたくない、と言って

音信不通になってしまったこと。

 

再婚相手の退職金をほぼ兄の為に使ったこと。

 

だから弟にお金を貸して欲しいと連絡したら、

弟が怒り、

弟とも音信不通になってしまったこと。

 

今は母が、

パートさんと二人で喫茶店を切り盛りしていること。

 

養護学校での美術講師を、月二回で続けていること。

 

 

母は近況を次々と語ってくれました。

 

 

兄や弟との不和は悲しそうでしたが

お店をはじめてイキイキしていました。

 

私は元気な母の様子を嬉しく感じました

 

そして、母は、

自分も母から愛されなかった、

故に愛しかたが分からなかった、と言って、

私を含め子どもたちに

 

『悪いことを、可哀想なことをしたと思ってる。』

 

と詫びました。

 

私は、

母があんまりに変わって拍子抜けしました。

 

『いま華子からはがきを貰えて、

こうして話せて、ほんとに良かった。ありがとう。』

 

そう言われて、素直に嬉しくて、

つい泣いてしまいながら、

も『ありがとう』と言いました。

 

6人兄弟の長女としてうまれた母は、

下の弟妹たちに比べ、

まったく可愛がられなかったと言いました。

 

叔父である長男と母は、

祖母から

抱っこされたり可愛がられた記憶がないそうです

 

だから、

自分も子どもたちをどう愛せばいいか分からなかった。

 

でも、

自分がされたことは

どこかで断ち切らなければいけなかったと思う。

 

母は、そう続けました。

 

だからと言って、

母が私たちにしたことを、しょうがなかったとは思わないし、

無かったことにはなりません

 

そりゃあ無理です

 

でも、母に同情できました。

 

母は、

愛されたい対象()無条件で愛されてこなかった。

 

だから、

兄に愛されるため、許してもらうために、

見返りや謝罪の気持ちとして、

たくさんお金を使ったんだろうな、と思いました。

 

私も友だちや周囲のひとに、

おなじように思ったことがあるから、よく分かりました

 

私も、

相手に喜んでもらうためだけじゃなく、

 

仲良くして欲しくて、

好きになって欲しくて、物をあげたりしたことがありました

 

母の話しを聞きながら色んなことを思ったけど、

私は口を挟まないように

気をつけました。

 

そして、

母の言葉を繰り返したり、

しょうがないよねと同調したり、

母さんのお店なら絶対人気になるよ!と褒めました。

 

嘘はついてないけど、

私がして欲しいような聞き方を心掛けました。

 

そして、ひさしぶりに、母に会いに行くことになりました。

 

正直、

母のあまりの変わりぶりに驚く反面、

私や孫に会いたいと言ってくれた母に、

早く会いたいと思ってました。

 

コレステロール値が高いという母と

糖尿病気味の再婚相手に、

ココナツオイルをお土産として用意するほど、楽しみにしていました。

 

久々に会った母は

大っきいウィッグをつけて、怪しげなオーラを出していました

 

客商売をしているおかげか活き活きしてるようでした

 

お客さんを喜ばせたい。

 

小さいながら、

そんな母の思いが溢れたお店で、

とても立派で美味しいランチでもてなしてくれました

 

その後、

手作りくじ引きやらせてくれました。

 

ふと、胸がちくりとし、子どもの頃を思い出しました。

 

それは、小学一年生のとき、生まれて初めての私の誕生会のこと。

 

が用意してくれたご馳走とくじ引きで、

友だちはみんな喜び、

笑顔と幸せな気持ちでいっぱいだった時間。

 

でも、友だちが帰ると、ひどく怒った母から、恐ろしい仕打ちをうけました。

 

楽しい時間から一転しての、恐怖の時間。

 

その、

天国と地獄のようなコントラストが、

くじ引きを見て思い出されました。

 

母は、

客人をもてなそうと思うあまり、

強いプレッシャーを感じるのかもしれません

 

そして、

会の後にはひどく疲れて、イライラがこみ上げてしまうのかもしれない

 

その気持ちは分かる気がしました

 

母は、

改装や経営の苦労や喜び、

体調、身の回りのことなどを色々話してくれました。

 

私は、

母と過ごす穏やかな時間はじめてかもしれない、と思っていました。

 

そして、嬉しく感じました。

 

電話で聞いたとおり、

兄と弟、姉とは音信不通

特に連絡したくないと言っていました。

 

私がる時間になると、

たくさんのお土産を持たせてくれて、

出産祝いと子どもたちへのお年玉をくれました。

 

そのうえ

大荷物だからと、

片道1時間かかる私の自宅まで送ってくれました。

 

帰り道、

保育園のお迎えにまで付き合ってくれて

子どもたちは初めて会う祖父母にすぐなつ

賑やかに家まで帰りました。

 

母と別れた後、

おもちゃに喜ぶこども達を見ながら、

嬉しい気持ち、感謝とともに、

ずっしりとした疲れと頭痛を感じて、早々に床に就きました。

 

第21話に続く

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

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恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

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