第22話 虐待されていた過去の克服と、弱い紐帯理論

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私は母に、素朴な疑問を投げかけました。

 

—–なんで二人でカウンセリングいかなかったの?

 

はたまりかねた、というような感じで、言いました。

 

『…なんで行かなきゃならないのよ。

過去をほじくられるのはもう十分。

 

兄にだって、

いうことを聞いてくれなかったじゃないって、

ちゃんと理由を話したわよ。

 

兄はうちをめちゃくちゃにしたかっただけなの。

旦那と別れろ、

俺と暮らせって言われたわよ。

 

そんなの無理!!

母さんが狂っちゃうわよ!

あんたも母さんだけが悪いって言いたいんでしょ!?』

 

私は母の言葉に、わが親ながら呆れてもいました。

 

そう思いながらも、

できるだけ、ゆっくりと話しました。

 

—–違うよ。

—–私は、過去を克服したいだけ。

—–でも、一人じゃできないから、ちゃんと話したいの。

 

母は言いました。

 

・・・だったら一人で精神科行けばいいじゃない。

一人でやんなさいよ。

もう関わらないで!

兄にだって姉にしてあげたくらいは、

と思って

一生懸命してあげたわよ!』

 

姉は18歳のとき、

アルバイト先の店長と結婚し、

母は結婚式に大金を使ったそうです。

 

結納や嫁入り道具も合わせると、

500万円を超えると言っていました。

 

私は続けました。

 

—–精神科?

—–精神科なんて言ってないよ、カウンセリング。

—–精神科とカウンセリングは全然違うよ。

 

はまたすねたように、

 

『ふん、バカですみませんね。

あんたに教わるなんてね。

 

これ以上どうしろっていうのよ。

母さんにも記憶がないの、これ以上どう償えって言うのよ!

 

母さんが死ねばいいと思って、

殺したくて言ってるんでしょう』

 

そう言いました。

 

—–償えなんて一言も言ってないよ。

—–いつ言った?

—–死んでほしいなんてのも、一回も言ってないよ。

—–私は、自分の過去の傷を克服したいの。

 

私がそう言うと、母は吐き捨てるように、

 

じゃあ、私を巻き込まないで。

一人でやってよ。

こんな話しするんなら、

あんたとももう会わなくていい。

 

母さんは変わる気もないし、子どもたちとも一生会わなくていい。

覚えてないし、思い出したくもない。

もう精一杯やれることはやってきた!』

 

そう言いました。

 

母が、

全身全霊をかけて抵抗している感じが、

ビシバシ伝わってきました

 

—–そうか。

—–母さん、兄にはお姉ちゃんくらいにしてあげたって言ったよね。 

—–弟が俺にもしてくれよ!って言ったらどうする?

 

私が尋ねると、

少しの間をおいて、母は答えました。

 

・・・財産ぜんぶ売ってでもしてあげるわよ。』

 

母の答えに少しホッとしつつ、

私はまた尋ねました。

 

—–さっきさ、子どもたちが母さんに

—–ひどいことばかりしてきたって言ったじゃない?

—–それ本心?

 

そう聞くと、母は戸惑ったように言いました。

 

・・・分からない。

でも半分本心よ。

嘘はついてない。

でも昔のことはもう分からないのよ。』

 

母の声は、とても疲れているように感じました。

 

私は、気持ちを込めて、話しました。

 

—–ごめん、こんな話し、するべきかどうか、私も迷ったの。

—–でもすごくやな思いさせちゃったね。

—–ごめんね。

 

母は黙っていましたが、うなずいたような気がしました。

 

—–母さんさ、あたしの子どもたち、かわいい?

 

私がそう聞くと、母は涙声で言いました。

 

・・・かわいいわよ。

無条件にかわいい。

なついてくれて、本当にうれしいって思ってる。』

 

私の目にも、涙があふれました

 

—–そっか・・・

—–ありがとう。

—–私さ、母さんをいやな思いにさせたくってこんな話ししたんじゃないの。

 

—–普通に孫を抱いてもらったり、(泣)

—–たまに子どもたちと泊まりに行ったりしたいだけなの。

—–でもそのために、ちゃんと話しをしたかったの。

 

—–こんないやな思いをする以外で、ちゃんと関係性を作る方法、

—–しばらく考えさせて。

—–母さんも思いついたら教えて。

 

母は困ったように、

 

『…考えたくもないんだもの、思いつかないわよ…。』

 

と言いました。

 

私が笑いながら、

 

—–そうだよね(笑)

—–わかった、じゃあまた連絡するね。

 

と言うと、

母は少しの間をおいて、

 

・・・子どもたち連れて、いつでも泊まりに来なさい。』

 

と言いました。

 

—–うん、ありがとう。

—–とりあえず考えてみるよ。

 

私はそう言って、電話を切りました。

 

母に電話をかけてから、

2時間以上の時間が過ぎていました。

 

 

虐待された子どもが

無意識に

自分の記憶を忘却して自分を守るように、

 

虐待した親も自分を守っていたこと。

 

やはりと思いつつも、やっぱり驚きました。

 

このとき、一番上の姉は42歳でした

 

はじめて子どもを授かってから

自分を守るために、記憶を書き換え続けていました

 

もし母と会って会話していたら

当時の記憶や恐怖で、

こんな鋭く突っ込めなかったかもしれません

 

電話で話してよかったと、心から思いました。

 

腹を割って母に話をしたことで、

私は母とのかかわり方を決めることができました。

 

他人と同じように、

例え親であっても、

自分の期待を押し付けず、

そのままを受け入れるしかありません

 

他人を変えよう、なんて、

とんでもないエゴで、

そんなことを思う位なら、一緒に居なければいいんです

 

そのうえで

後悔しない付き合い方をするべきと至りました

 

限りある人生、

好きじゃない人と過ごす時間なんて、余っていません

 

出来れば親子仲良く過ごしたいけど、

気が合わない人と無理に過ごす必要は無いんじゃないか。

 

母だからといって無理して会わず、

母に会ってもストレスに感じないほど

心に余裕がある時に連絡をとる。

 

母の幸せを祈る。

 

そう決めました

 

 

でも、なにかが心に引っかかっていました。

 

 

そんな時、

母子寮でできた友だちが占い師と知り、

仕事のことなど鑑定をお願いしました。

 

ちゃんと鑑定料を支払って、

 

仕事の屋号、

扱う内容の良し悪しや向き不向き、

今後の見通し

 

など聞いているとき、ふと質問してみました

 

—–私が今まで経験した辛かったことは、

—–そこから学ぶべきことがあるからなのか、

—–それともつらい経験をすること自体に意味があったのか・・・

—–どういう意味があるんだと思う?

 

言いながら涙が出てきました。

 

私の言葉を聞くと、友だちは突然笑って、お財布を開きました。

 

『笑ってごめんね、とりあえずお金は返す!

 

今の言葉、私の心の琴線に響いたんですよ。

 

いや、

私がずっと思ってきたことと同じことを言うもんだからさ(笑)

 

仲間だね!仲間からお金は取れないよ。

お嫌でなければ、これからもお茶したり話したりしようね。』

 

そして、

これはホロスコープからではなく、私の体験を話すね、

続けました。

 

自分も、辛い経験をすることの意味を探していた。

 

でも答えは無くて、

たぶん答えを探すプロセスに意味があるんだと思う。

 

長いこと逡巡して、苦悩して・・・。

 

私が、

 

—–親から与えられたこの苦難を、私が解決しなくちゃ、

—–子どもたちに引き継いでしまう気がして・・・

 

そう言うと、友だちは

 

引き継いで良いんだよ。

 

笑顔でハッキリとそう言いました。

 

負の経験エネルギーを与えられても、

そこからプラスの、

生きるエネルギーを生み出すでしょう。

 

プラスもマイナスも、表裏一体。

与えられたものに良いも悪いも無いんだよ。

 

もし子どもたちに負を引き継がせたとしても、

子どもたちは

それを自分の力でプラスのエネルギーに変えて行くから。

 

代々引き継いできたカルマ(業)を、

はなちゃんだけで解決できちゃったら、世の中終わっちゃうよ(笑)

 

(簡単にクリアできちゃったら、

すぐゲームが終わっちゃうよっていうニュアンス

 

えーーーーーーーーー。

わーーーーーーーーーーー。

 

涙がたくさんあふれてきました。

 

【どんな親からも得るもの・学びがあるから

子どもにとって親の良い悪いはない】

 

そう思ってきたし、自分の親にはそう思ってたつもりでした。

 

でも、自分自身には、

 

良い親であらねば!

子どもを負から守らねば!

 

って、

【私の理想の親像厳しく押し付けていたんです

 

これからも日々逡巡して、

一進一退を繰り返しつつも、

 

より良くを目指して前に進む。

 

そうあればいいんだ。

 

必ずしも、

私一人ですべてをクリアしなくちゃいけない訳じゃない。

 

母と電話してから、

心につっかえてたものが一気に無くなって、

前がぱあっと開けた瞬間でした

 

 

話しは逸れますが、

この友だちと話すのは2回目、ほとんど交流はありませんでした。

 

なのに、私がすごく欲しがっていた答えを、

あっさりと提示してくれました。

 

これ、弱い紐帯(ちゅうたい)理論、といいます。

 

よわーいヒモ。

 

強い関係性の人(家族や親友、同じ職場の仲間 )よりも、

弱い関係性の人(遠い親せき、知り合いの知り合い)などのほうが、

 

価値ある情報をもたらしてくれる可能性が高い。

 

という理論です。

 

アメリカで行われた実験では、

就職先を探していた人の80%以上が、

たまにしか会わない人からの情報で就職していたそうです。

 

よく会う人からの情報で就職した人は、

わずか15%程度でした。

 

私の人生においても、交流が浅く、思いがけない人が

絶大に応援してくれたり、

転機となる機会を与えてくれていますが、

 

この時は【弱い紐帯理論】を、つよく実感しました。

 

知り合いは多くても損しないってことですね()

 

話しは戻ります。

 

 

私はこの時の経験から、

被虐待の過去を克服するための一つの方法として、

 

話せる時に、

話したい人に、

泣きながらでも話してみる。

 

それを繰り返す。

 

というのも有りだと思いました。

 

ともあれ私は、

長年さいなまれてきた親との関係に、

自分なりの結論を出すことができました。

 

第23話に続く

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中村華子プロフィール

キャプチャ

はじめまして、中村華子です。
3人の子どもと暮らすシングルマザーです。

親から虐待されて育ち『支配される恐怖』のなかで子ども時代を過ごしました。

アホ女子高校を中退しフリーターしていましたが、

『一生、誰にも支配されない生き方がしたい』と25歳だった2006年に起業し、1年で年収1,000円になりました。
↓2年続けて、本を二冊、出版しました↓


 
女子でも、

学歴も、才能もセンスも、

コネも人脈も、 経験も特技も、

何にもなくても、

依存せず自立できることを、身をもって体験しました。

 

少し昔の私と同じように『今を変えたい!』と思っていたら、
大丈夫です、ぜったいあなたでもできます!と伝えたい。

そのために、私の経験や知っていることを活かして欲しい。 そう思って、ブログを書いています。


もしすこしでも私のことに興味を持たれたら、ためしに読んでみて下さい!

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恋愛、仕事、起業、二度の結婚と離婚、出産、子育てなどなど、隠すことなくいままでのすべてをさらけ出した、私の生い立ちストーリーです。
寝不足になってしまう、と好評です(笑)。

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